「やぁ、戻っていたのかい?神永」

三好に廊下で声をかけられて、神永が振り向いた。
「ああ、昨日ね、たいした任務ではなかったが、長引いてまいったよ。俺がいない間、なにか変わったことは?」
「あぁ、・・・特には、ね」

三好は帽子を被りなおすと、ニヤッと笑ってそのまま出かけていった。
無言で見送った神永は、そのまま波多野の部屋へ駆け込んだ。

「おいっ、おい波多野!今三好に会ったけど・・・!」
部屋には実井も来ていた。
「よぉ、丁度いい。三好、本当におかしかったのか?別になんてことないみたいだったぞ?」
「おかしかったですよ・・・」
と実井が読んでいた本を膝に置いた。
「昨日までは・・・ね」
波多野は机を向いたままだ。性格には、盗聴器に向かったままだ。

「昨日まで?なんだ?ほんとに昨日、一体何があったんだ?田崎たちもどう見ても怪しいし・・・」
「わからないんだよね、仕掛けてた盗聴器に気づかれて外されているから、三好には何があったか、さっぱり・・・」
波多野はつまらなさそうに、ちぇっと舌打ちをすると電源を切った。

「なんだよ、大事なとこがさっぱりわからないじゃないかよ」
「だったら自分で調べろよ」
「・・・・・・昨日、結城さんが、部屋にいなかったんですよね・・・」
突然実井が思い出したように言った。
「結城さん・・・?」
三人は考え込んだ。結城さんが三好に会っていたのか・・・?

しかし、それ以上の情報はなにもなかった。


三好の足取りは久しぶりに軽かった。

今朝起きてから、身体の調子が全く違う。
身体だけじゃない、気分もさっぱりして、昨日までの重さが嘘のようだ。
知らず知らず口笛を吹いている自分に気づいた。
そうだ、近いうちに自分はトイツに潜入するのだ。
今のうちに準備をしておかないとな。

三好は公園のベンチに座ると、快晴の空を見上げながら、まるで作詞でもしているかのように、潜入先のルートや協力者の候補、カバーの詳細について、ファイルの資料を思い出しながら、思考を巡らせていった。
気づくと、誰かが近づいてくる。

帽子を被り、杖を突いている。顔は見せないが、
結城さん、か・・・。

三好は胸に手を当てた。
何故だか身体が熱くなった。
緊張、とは違う、別の何か。

「どうした」
後ろをゆっくりと通りながら、結城が声をかけた。
「いえ、いつたつんです?」
三好は顔色を変えないようにそういったが、何故か声が掠れた。
「もう少し・・・後にはできませんか?」

結城は少し立ち止まり、空を見上げた。

「・・・。3日後だ。それが一番いいタイミングだ」
いつも冷淡な結城の言葉が、三好の心に響いた。
結城は、再び歩き始めた。
「定期連絡には、俺が行く」

結城が立ち去ると、三好は帽子を被りなおした。

僕は、スパイだ。そうある限り、あの人は離れない。

三好はそう確信すると、立ち上がった。
真っ黒な孤独・・・。その先に、なにがあるんだろう?

三好は、結城の中にあるその闇の中を覗いてみたいと、思った。






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