三好がその扉を開けると、窓から差し込む光を背に、結城中佐がこちらを見詰めていた。
執務室のデスクには、分厚いファイルが一冊置いてあるだけだ。
結城は座ったまま組んでいた腕を解くと、そのファイルを三好に差し出した。

三好は無言のまま、デスクに歩み寄って、ファイルに手を伸ばした。

微かに、結城が手に力を込めた・・・気がした。
三好はファイルを受け取りながら、結城の顔を見つめた。

「あの・・・何か・・・?」
「何か・・・とは、何だ?」
「いえ・・・」

なんだろう。結城さんの機嫌が悪いな・・・。

三好は受け取ったファイルをぱらぱらとめくった。

日本にいながらにして、一体どうやってこれだけの情報を得ているのか・・・。
これまでの任務と違い、今回は長期にわたる重要な任務だった。

友好国独逸での潜入調査。
美術商、真木克彦という偽の経歴。
定期連絡の方法も、何種類か指定してある。
一体、いつ終わるのか・・・。

しかし、三好は読み終わると、いつものようにファイルを返し、挑戦的な目で結城を見た。

「それで、いつからです?」
「独逸行きの船は手配してあるが、今回は慎重に準備をする必要がある。日本国内でもスパイを見つけようとするからな。友好国へのスパイはダブルスパイと同等の配慮が必要だ。従って出発は追って連絡する。それまで待機していろ」

「ええ、僕はいつでもいいですよ」

微笑を浮かべて、三好が執務室を出て行こうとすると、背後から結城が声をかけた。

「三好・・・」
「はい、なんです?」
「・・・身辺は片付けておけよ」

佐久間とのことか。
三好はわずかに頷くと、執務室を後にした。


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