辻は俺によく懐いていた。いつも俺についてくる忠実な姿がかわいくて、ついつい構わずにはいられなかった。
犬とは思えないような賢い部分も多かった。
夜、抑えきれずに出てしまう声も、初めは吠えていたのに、一度大丈夫だと言っただけで反応しなくなった。
辻は人間の言葉が分かっているのだと思う。
毎日顔を見るだけでも喜んで尻尾を振るその姿はけなげで、声をかけると擦り寄ってくるから、よく抱きしめてあげていた。
でも、それだけのはずだった。
祭りの後、浴衣姿のまま結城さんに抱かれた。
いつもこちらを翻弄してくるだけの結城さんが、最近はなんだか激しい。
ちょっとイライラしているようなところもあってかわいい。
その夜もいつになく激しくて、堪らず大きくなってしまう声に、とうとう辻が心配して吠え出した。
「貴様の下僕が心配しているぞ。行ってやるといい」
結城さんが俺の中を弄りながら、耳元で囁く。
今?そんなの、無理だ。
でも、結城さんは力の入らない俺の身体を窓際まで引きずるようにつれてきて、窓を開けるように促した。
仕方なく力を振り絞って窓を開けると、
「クゥン!」
と鳴いて、辻が心配そうに見上げた。
「辻・・・大丈夫だよ、大丈夫」
そういいながら、俺は顔がさらに赤くなっていくのを感じた。
辻の純粋な目で見られることが、ひどく恥ずかしかった。目をそむけると、辻がまた心配そうに鳴いた。
なんとかなだめて窓を閉めようとすると、結城さんが後ろから俺を抱き寄せて閉めることも叶わなかった。
その瞬間、辻は驚いたような悲しむような顔をした。
その目は、まるで、昔求めたあの目のようだった・・・。
「・・・佐久・・・間・・・」
意識がなくなる寸前、なぜあの男の名前を呟いてしまったんだろう・・・。