胸が苦しくて寝返りを打った。
汗が出てきたから、前足で汗を拭う。べたっと汗で前足が濡れる感覚。
それに違和感を感じて目を開いた。
月明かりの中でぼんやりと両前足を眺める。
次の瞬間、俺は跳ね起きた。
なんだこの足は。まるで、人間の手だ!

小さな小屋を飛び出して、フラフラする後ろ足に力を込めると、ご主人のように二本足で立ち上がることができた。心臓がバクバクと音を立てた。
両手で顔や頭、腹や脚を撫でて確かめる。耳も尻尾も全身を覆う毛もない。
月明かりを反射する窓ガラスに自分を映して見る。するとそこにはご主人より少し若いくらいの男の姿が映っていた。
ご主人、どうしよう、ご主人!

狼狽えてご主人の部屋を探した。開いていた筈の窓は固くしまっていて、ご主人の気配がない。
一体どこへ行ってしまったのか、とにかくご主人を探さなくてはと、俺は決して入ることのなかった家の中に脚を踏み入れた。

ご主人の部屋は、縁側から見える角部屋だ。大好きな匂いが強くなるから、俺は導かれるように歩いた。
部屋の戸は少し開いていて、月明かりが部屋の中にさしているのが見えた。その明かりの中に、いないと思っていたご主人が座っていた。
東側の窓は開いていて、少し涼しい風が入ってきている。その風がご主人の髪を揺らして、俺のもとに切ないような匂いを運んだ。
「あ、あ、の・・・」
初めて声を出す。掠れた自分の声は、思っていたより変な声で、悲しくなった。
「あぁ、辻。よくきたね」

透き通るような綺麗な声と笑み。ご主人は両手を差し出して俺を呼んでいる。
「ご、主人・・・。ど、して俺って・・・」
こんな姿で俺とわかるの?
でもご主人はそれには答えず、
「三好と呼んでいいよ」
と言って、俺を抱きしめた。

「みよし、さん・・・。どうしよう、俺」
戸惑う俺を抱きしめたまま、ご主人は、
「大丈夫、大丈夫だよ、辻」
と繰り返す。
その度にご主人の喉元が響くのを感じる。その度に身体の中から得体の知れない衝動がこみ上げてきて、堪えきれず首筋に唇を這わせた。

「あ」
ご主人がとぎれとぎれに紡ぐ声を聞き、ご主人の喉の震えを感じながら、ゆっくりと舌を這わせていくと、ご主人は肌を薄紅に染めて座敷に力なく横たわり、はあはあと息を乱しながら、うっとりと俺を見上げた。
「辻・・・。辻。もっと。・・・もっと舐めて」

全身が震えた。もう、自分の頭では処理しきれなかった。
俺は無我夢中でご主人の身体を舐めまわして抱きしめた。

俺の腕の中で、身をよじるご主人の滑らかな肌を、逃さないよう、忘れないよう、全て溶かしてしまうように、俺は欲望のままにご主人を味わった。

































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