ご主人に拾われてから、気になることがある。
結城さんと呼ばれる男の存在だ。
もうじいさんと言ってもいい年のようだが、俺が知っているじいさんとはまったく雰囲気が違っている。
人間の寿命は犬より長いとはいえ、この男は永遠に生きていそうな気がした。いや、永遠に生きてきたような存在感だ。

俺は彼と目が合うと尻尾を巻いて逃げ出したくなってしまうのに、ご主人はそれまでの無表情がなんだったのかというほど嬉しそうに笑う。そうして、彼に猫のように摺り寄っていくのだが・・・。
俺は、それがなんだか気になってしょうがないのだ。

時々深夜にご主人のような声が聞こえてくることがある。
猫の鳴き声のような声の時もあれば、苦しげな声のときもあるから、はじめのうちは驚いて吠えていた。
そうしたら、ご主人が部屋から出てきて、
「辻、大丈夫だから、しー」
唇に人差し指を当ててそういって部屋に戻っていった。ご主人の顔は真っ赤だったけれど、病気とかいうわけでもなさそうだったし、その次の日も別段変わったところはなかったから、それからは深夜に聞こえる声を聞いても気にしなくなった。

今日もご主人は縁側でくつろいでいる。
開襟のシャツにゆったりとしたズボンをはいて寝転んでいるだけだが、なんだか良いにおいがするからクンクンと鼻を近づけて嗅いでみた。
しかし、何も持っていないようだ。
「どうした?おなかすいた?」
ご主人が顔を近づけて聞いてきた。
いいにおいはより一層強くなるから、試しにご主人の顔をペロッと舐めてみた。
うん、なんだかおいしい。
「わ、辻、舐めないで」
ご主人が身をよじるが、もう少し舐めてみたくて、ご主人の頬や首筋をペロペロ舐め続けると、突然頭を掴まれた。
「ガゥッ!」
思わず睨みつけたが、そこには結城さんがいて、俺は驚きのあまりに固まってしまった。
「舐めるな。貴様のものじゃない」
低い声で怒られると、生きた心地がしなくて、俺は小さく縮こまって後図去った。

「結城さん、今日は夏祭りがありますね」
ご主人がほんのり頬を赤くして体を起こした。
「行きませんか?」
結城さんはそれには答えないで、
「もう、そんな時期か・・・」
と言った。
「もう、ここへ来て5年も経ちましたね。同じ場所に長居しすぎましたか」
「貴様はいくつになる」
「もう、40になりますよ。そろそろ結城さんの年を教えてください」
「もう、忘れたな」
「そんなわけないでしょう?」
ご主人は呆れたように笑って、立ち上がると、
「誤魔化さないで、行きますよ!リンゴあめ、食べに」
「リンゴあめなど、大の男の食べ物ではないだろう」
「じゃあ、カキ氷。なんでもいいんです」


夕方、「辻」と呼ばれて見ると、薄茶の縞の浴衣を着たご主人が立っていた。
男なのに女のような立ち姿で、とても綺麗で、同じ匂いなのに別人かと思った。
「辻、ちょっと出かけてくるからね。何か美味しいもの買ってきてあげよう。留守番頼んだよ」
そういうとご主人は綺麗な笑みを浮かべ、玄関のほうへ戻り、黒い麻の浴衣を着て帽子を被った結城さんと連れ立って行ってしまった。

夏祭りには河川敷の方で小さいながらも花火が打ち上げられる。
遠くのほうで開く光の花を見つめながら、ご主人は帰ってきてくれるだろうかと考えた。

こんな花火の音が響く夜は、泥棒もいないが、獣たちも山から下りては来ない。
俺は暇を持て余してうとうとしている頃、ようやくご主人が帰ってきた。
「ただいま。遅くなってごめんね」
そう柔らかい声で言って、頭をひとなでしてご主人が部屋に入るのを見届けると、俺は漸く深い眠りに落ちた。














































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