朝、目が覚めると、朝食の用意ができていた。

「朝は食べないんだ」
「そういうな。たいしたものはない」

黒パンと、目玉焼きとコーヒー。
真木はテーブルについた。

「最近立て続けにロシアのスパイが自殺しているんだ」
田崎はコーヒーを注ぎながら、言った。
「自殺を装って始末されたのだろう。よくある話じゃないか」
と真木。コーヒーを受け取り、首を傾げる。

「それがそうじゃないらしいんだ。完璧な自殺なんだ。銃や飛び降り、首吊りなど方法はさまざまだが、どれも衝動的に自殺するのは違わないらしい」
「加納昭雄のように、か。帽子を調べてみたが、遺書はなかった」

「遺書はないんだが、最後に自殺したロシア人スパイは謎の言葉を残した」
「謎の言葉?」

「<ローレライ>に気をつけろ、だ」

「<ローレライ>?美しい乙女がその歌声で、船頭を惑わせたというあれか」

「ライン川沿いに<ローレライ>という土地があるが、恐らく地名ではないだろう。人の名前か、或いは・・・衝動的に人を自殺に追いやる麻薬かなんかかな」

田崎は自分もコーヒーをついで、テーブルについた。

「人を自殺に追いやる麻薬、ねえ・・・そんなものがあるのかな」
「わからん。いまのところ手がかりはその名前だけだ」

加納昭雄の自殺も、その<ローレライ>が原因だったのだろうか?
真木は目を閉じ、男が水面に吸い込まれていく様子を思い出した。

「自殺する直前、ロシアのスパイたちは一様に、悪夢にうなされていたらしい」

「悪夢だと?」

「つまり状況は君も変わらないということさ。結城さんが過保護になるのもわかるだろ?」
田崎は目の前の目玉焼きの黄身を、ナイフで綺麗に二つに裂いた。
黄身はとろりと白い皿の上に流れ出した。
inserted by FC2 system