濃い霧の中、遠くから声が聞こえる。
「残念だよ。もっと早く君と出会えていたら・・・」

加納昭雄は帽子を取って、真木に手渡すと、いきなり身を翻して、赤い橋の欄干から身を投げた。


「うわああああああああああああああ」
悲鳴を上げて飛び起きた。夢か。
まだ心臓がばくばくしている。

目の前で飛び降りた加納昭雄。
このところ毎晩同じ夢だ。


目の前に水が入ったコップが差し出された。
「大丈夫か」
「・・・なんで貴様が僕の部屋にいるんだ」
「なんでって、悲鳴が聞こえたから」
しれっとして田崎は言う。

「鍵はどうした」
「合鍵を持っている」
「だからどうして合鍵を持っているんだ」
「結城さんから預かったから」

真木は黙った。手の甲で額を拭い、差し出された水を飲む。
「・・・なんか言ってたか」
「今回の事件を報告したら、飛び降りたのが君じゃなくて良かった、と言っていた」
「飛び降りたのが君じゃなくて良かった?」
聞きとがめて、真木は尋ねる。
「どういう意味だ」
「引き続き、<君が自殺しないように監視しろ>と言われている」

「なんで僕が自殺しなきゃならん」
「さあ、俺に言われても・・・」
「貴様、余計な報告をしたんじゃないだろうな」
「俺は何も。事実を言っただけだ」
真木はコップを田崎に押し付けて、


「部屋から出て行け。僕は少し眠りたい」
「隣の部屋に居るよ」
田崎は扉を閉めた。
inserted by FC2 system