「D機関の連中の間で噂になってるよ、結城さんのドイツ滞在が延びてるのは、真木に転んだからじゃないかってね」

田崎が言った。
「案外<ローレライ>は、君の事なのかもしれないな。船頭を惑わし船を沈めた伝説の乙女・・・」

田崎は立ち去った。
真木は帽子を脱いでみた。するとつばとリボンの間に、手紙が挟まっていた。


アパートに戻ると、手紙の封を切った。
中には中佐の近況を伝えるドイツ語の手紙が入っていた。
なんということはない手紙だ。だが、読んでいるうちに真木の顔つきが変わってきた。

あの夜の記憶。霧がかかったように思い出せずにいた、あのドレスデンの夜の出来事が、一気に甦ってきたのだった。

壁際に押し付けられてキスされた後の記憶。
あのホテルの部屋で、朝まで何があったか。
それらの記憶がフラッシュバックして、真木の脳を襲った。

結城は薬を飲ませたと言っていたが、本当は催眠暗示だったのだろう。
眠っていた記憶が氷のように融けて、真木を混乱させた。


結城は真木に眠ることを許さなかった。
一晩中真木の体を何度も貫いて、ついには屈服させたのだ。
けして魔王を裏切らない、契約の証として。

思い出すだけで体が熱くなり、痺れるような甘い感覚が全身を覆った。

「残酷だよ・・・あんたは」

真木は立っていられなくなり、床にへたり込んだ。
自分を抱きしめるように、両手で自分の肩を抱いた。

真木は自分が泣いているのに気づいた。
これは、悔し涙だ、そう自分に言い聞かせた。




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