数日後。ベルリン動物園の白熊の前。
真木は田崎に報告をした。
「ロシア辞書並みの分厚い日記帳で、しかもひどい癖のあるロシア文字で、さすがの僕も訳すのに骨が折れたよ」

「何が書いてあった」

「<ローレライ>について書かれていたのは一箇所だけだ。
<ローレライ>は、人に夢を見せる機械の暗号だと」

「なんだと?」

「ナチスが開発した最先端のコンピュータで、眠っている人にツクリモノの悪夢を見せる。それで兵士の戦意を喪失したり、自殺に追い込んだりできる機械だということだ」

「ばかな、そんな夢物語・・・」
田崎は呆れたようだった。

「夢物語と断言できるか?イワノフの日記によると、ヒトラーは<神の声>を聞いているらしい。神のお告げによって、神通力を得て、全ヨーロッパに怒涛の進軍をしているというわけだ」

「あのヒトラーさえも夢に操られているというのか」

「もちろん、<ローレライ>の話はイワノフの妄想かもしれん。奴はパラノイアだったのか・・・或いは・・・」
だが、ロシアスパイの自殺事件。この悪夢は続くだろう。そんな確信があった。


「そうそう、結城さんから手紙を預かっているよ」
田崎が言った。
真木は手紙を受け取ると、封を切って、中を見た。
ミュンヘンのビアホール<ヴァイセス・ブロイハウス>のビール券だ。

「貴様、中身をすりかえたな」
「おっと間違えた。手紙はこっちかな」
田崎は自分のポケットを探すふりをしたが、手紙は無かった。
「どうやら落としたらしい」

「貴様。ふざけるな。僕は貴様と遊んでいる時間は無い」

「頭を使えば、手紙はすぐに見つかるよ」
田崎は言い、ニヤリと笑った。

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