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「相馬」
授業が終わり、クラスのミツルが声をかけてきた。
「なにしてんの」
「んー」
茶色のノートをぺらぺらめくり、真剣な顔で見入っている。
「ですのーとか?」
「そそ。お前の名前は一番に書くよ」
「暗い」

「部屋にあったんだけど、俺のじゃないんだよな・・・誰のなんだろう」
「へえ?借りたままになってるんじゃねえの」
「名前がないんだよな」
表も裏も、名前は書いてない。


蒼い空のうえには宇宙がひろがり
雲は永遠に輝いて


「蒼い空・・・」
一瞬、懐かしい少年の顔が、脳裏をよぎった。
懐かしい?
だが、見覚えはない・・・。
冷たい横顔。銀色のピアスをした、大人びた少年。
物憂げに本を読む仕草。軽蔑するようなまなざし。
細いうなじ。
熱い・・・体温。

「どうしたの、おまえ。真っ赤になって」
ミツルの不審そうな声。
相馬は顔を大きな左手で覆った。
かあっと、熱くなった。
記憶。
記憶だ。
熱く全身を駆け巡る、隠微な記憶。

「思い出した・・・」


蒼い空のうえには宇宙がひろがり
雲は永遠に輝いて


「な・・・どうしたんだよ、相馬?」
おろおろと、ミツルが言った。
相馬の目から、塩辛い液体が零れ始めたからだ。
熱く頬を濡らし、リノリウムの床に落ちる。
液体。

「俺」
自分でも制御しきれない感情に翻弄されながら、相馬は目を覆った。


「俺。わかってたのに・・・誘惑されたら負けるって」
「はあ?」
「あいつ・・・わざと。はじめから俺を捨てるつもりで・・・」
「あいつ?あいつって誰だよ」

「蒼」
その名前がすんなりと出たとき、彼の中で、何かがはじけた。


「蒼だよ。俺を誘惑して消えた」



「おいおい。どーなってるんだ。あいつ、蒼のこと思い出したぞ」
「執念だろ。まずいな」
教室の隅で、ひそひそと、会話をしているものがある。
「いいかげんな仕事しやがって。記憶くらい綺麗に削除しろよ」
「未練じゃねーの。蒼のやつ。ほだされたって噂だ」
「まさか。アイツに感情なんてあるもんか。泥でできた人形だよ」
「わかんねーぞ。おまえじゃあるまいし」
「高校生に手を出すなんて、蒼も焼きが回ったな」
「確かに」
「上にばれたらえらい目に遭う。仕方がない。次の作戦にはいろう」








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