いてもたってもいられず、俺は船でドイツに渡った。
秋元は引き止めたが、聞かなかった。
葛西が生きていようが、死んでいようが、事実を確かめたい。
俺は、ローゼン通りの三好さんのアパートを訪ねた。

ノックすると、三好さんが出た。
「宗像」
驚いている。無理もない。何の連絡もしていない。
突然俺が来れば、驚くだろう。

俺は身体を中に滑り込ませると、扉を閉めた。
「なんで貴様が・・・田崎はどうした」
「田崎さんは帰国しています。俺は、聞きたいことがあって、来ました」
「聞きたいこと?まあ、座れよ」

窓際に机。テーブルに椅子が二つ。あとはベッドがあるだけだ。
書き物をしていたらしく、ノートが開かれていた。
それを閉じると、三好さんはグラスに水を注いだ。

「列車事故のこと?事故がどうかしたのか」
三好さんは何も知らないらしく、きょとんとしている。
「・・・葛西が乗っていたんです」
「葛西が?ドイツに来ていたのか?」
三好さんは本当に何も知らないらしい。
怪訝な顔でグラスを置いた。
「しかもあの列車に乗っていたのか・・・」
「あの列車について、なにかご存知ですか」
「ご存知もなにも、本来なら僕が乗るはずだったんだ。雪のせいで、結城さんに止められて、それで」
「結城さんに止められた?」
俺が聞きとがめると、三好さんはちょっと言葉を切って、
「事故が起こるから乗るなと言われた」
と言った。

事故が起こるから乗るな。
だが、葛西は結城さんの命令であの列車に乗っていたはずだ。
「・・・・・・そういうことか」
俺は唸った。
なんらかの手段で事故が起こることを事前に予測していた結城さんは、最初から葛西を身代わりにするつもりであの列車に乗るように指示を出したのだ。あの事故で真木克彦が死亡することが必要だったのだ。だが、遺体がないのは誤算だった。焦った結城さんは、田崎を立会人にして、身元不明の遺体を真木克彦として葬った。
だが、なぜだ、なぜ、真木克彦を殺す必要があったんだ・・・?
葬儀を出すことによって、敵を霍乱せしむる為なのか・・・。

純粋に結城さんを信じていた葛西に対して、あまりにも酷い仕打ちではないか。
葛西は結城さんをあがめ、ほとんど崇拝していた。
なのに・・・。
俺はかつて味わったことのない、暗い怒りがこみ上げてくるのを感じた。
それは人を殺しかねないほどの、暗く陰惨な怒りだった。








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