「珍しいね、小田切が俺に相談なんて」

バーの片隅で、赤ワインを手に田崎は微笑んだ。
右隣で遠くを見つめるようにしていた小田切は、ほんのり頬を赤らめて俯いた。
「そうだな、相談というか、意見を聞きたいだけなんだ」
「意見?それこそ珍しいね。まぁ、相談も意見を聞くのも、俺たちにはあまりないことだから・・・」
そういうと、小田切は困ったように笑った。
「で・・・?」
田崎が小田切の話を少しせかしてみると、ブランデーを舐めながら、小田切はぽつりと言葉を零した。
「俺・・・自分が自分で抑えられないんだ」
「・・・へぇ」
小田切らしくない言葉に、田崎はワインをカウンターに置いて小田切の顔に注視した。

「自分の気持ちが、よくわからない。だけど、頭と身体が切り離されたみたいになるときがあるんだ」
「それは・・・どんなとき?」
田崎はそれまでよりも声を柔らかくして聞いてみた。
「福本に・・・近づくと・・・」
「あぁ、なるほどね」
ブランデーを見つめながら、頬を染める小田切は、その体格には不似合いなほど潤んだ瞳をしていた。
それを田崎は頬杖をついて眺めた。

小田切と福本の関係は知っている。
福本がずっと前から小田切だけにこだわっていたことも知っている。多分、知らなかったのは小田切だけだ。
ひとつきぐらい前から二人の仲が接近したことは、二人は特に隠しているわけでもないようだし、かといって、誰も話題に出さないから知っていると言ったこともない。
が、こんなにも少女のような反応をしている小田切を見ていると、下手にからかわなくて正解だった。
「好きじゃないの?」
「福本は、大切な友達だ」
「え、」
「でも、どういうわけだか、欲求が止められない」
「好きなんでしょ」
「大切な・・・友達だ」
「かわいそうに・・・」
田崎はワインを口に含むと椅子にもたれた。
あきれた。もっと素直になればいいのに。
小田切は、そこがいいところじゃないのかな。


「いつも俺が福本を振り回してしまっているのは知ってる。あいつは優しいから、俺が良い様にとしか考えないんだ」
「・・・そうかな」
福本だって欲求に忠実なだけだと思うけど。
小田切のブランデーはいつの間にか空になっていて、新たにロックを頼んでいた。
「そうなんだ。あいつは俺が気持ちよくなることしか考えてないから・・・」
「・・・」
「・・・?」
一瞬言葉がでなかった田崎を怪訝そうに小田切が見る。
「・・・小田切、酔ってる?」
「酔ってない」
「ちょっと待って、何が聞きたいんだっけ?」
「だから、俺ばかりが気持ちよくなっていてもいいんだろうかと」
「え!そういう意見を聞きたいの!?」
「あぁ」
頬を染めながらも大真面目な小田切ははっきりと言った。


力が抜ける・・・。
なんて相談だ・・・。
「福本に聞いたら?どうして俺に?」
苦笑いしながら言う。
「もう聞いた」
「聞いたんだ・・・」
ついていけない・・・。
田崎はそう思ったが、だんだんと興味が湧いて来て、
「福本は、なんて?」
と聞いてしまった。
「いいんだって・・・。何も考えなくていいって・・・」
「そ、それならいいんじゃない?」
「だが、俺が嫌なんだ。福本も俺みたいに気持ちよくなって欲しい!それっておかしいのか?」
「す、少しだけ声を小さくして・・・」
「あ、すまない・・・」

田崎は俯く小田切を見て、小さくため息をついた。
ここまで小田切が純粋だとは思わなかった・・・。
「別に、おかしくはないんじゃない?」
ぽつりと呟くように小田切の気持ちを肯定してやると、ブランデーのグラスを両手で握り締めながら真面目な顔で小田切が頷いた。
「おかしく、ないよな?」
「あぁ・・・」
「そうだな。やっぱり、お返しをしたいって言うのは自然な気持ちだ」
と、自ら答えを引き出す小田切。
突然ガタッと音をたてて小田切が立ち上がった。
「田崎、ありがとう」
小銭を置いてコートを羽織ると、小田切はにっこり微笑んだ。
ふわっと甘い香りが漂ってきた。

「悩みはなくなった?」
「あぁ、あいつは遠慮するだろうけど、俺はあいつにこの気持ちを返してやりたい。正直・・・うまくできるかわからないから、不安だったけど、されたときのことを思い出せば、うまくしてやれると思う・・・」
「・・・へ?」
「痛みがないように気持ちよくしてやれるといいんだが・・・」
「・・・は?」
「ありがとう、じゃあ」
颯爽と小田切は店を出て行った。
ワインをボトルから注いで、一気に飲む。
「しまった・・・福本、すまない」

普段レディに接するように小田切を愛している福本が、これから、小田切に気持ちよくさせられて、女にされてしまう・・・。福本にとって不本意であろうその状況を自分がどうやら煽ってしまったらしい・・・。
少しだけ、見てみたいけど・・・。

田崎のもらした笑い声が、バーのざわめきに消えていった。































































































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