吹雪の中、一台のジープがシベリアの収容所を走り出た。

「それで、ロシアの美少年はどうなりました?」
運転しながら秋元が尋ねると、
「美少年なんかじゃない、ただのガキだ」
と助手席の福本が答えた。
「小田切さんとキスしたから撃ち殺したんですか?」
と秋元が言うと、
「キスしてない。小田切は抱きしめただけだ。それに、撃ち殺してもいない、頬をかすめただけだ」
「本気じゃないですか」
「アホか。本気なら殺している」
「どうして撃ち殺さなかったんですか?結城さんもいない今、<死ぬな、殺すな>の掟に囚われる必要はないんじゃないですか?」
不思議そうに秋元が尋ねた。
「貴様たち二期生はあの掟の本当の意味を知らないね」
後部座席の小田切が口を挟んだ。

「あれは、戦争でもないのに人を殺すなという意味だ、俺たちが人間である為にぎりぎり手前で踏みとどまる・・・怪物に、ならない為に」
「怪物」
鸚鵡返しに秋元はいい、
「でもまあ、安心しました。極寒のシベリアで、小田切さんがご無事で」
「無傷とは言えないがな」
渋い顔で福本が言った。
福本がシベリアに潜入し、あちこちの収容所をしらみつぶしに探している間、小田切はロシア兵にいたぶられて、背中に酷い火傷を負っていた。馬や牛にあてる焼き鏝を押されたものらしい。
「秋元。貴様こそどうして、結城さんもいない今、俺を探しに来てくれたんだ」
「D機関が解体しても、俺たちの集う場所はあそこしかないですからね、守らないと」
「秋元・・・そうか、貴様も・・・」

ミーシャだけではない。D機関に集うスパイたちもそれぞれ、家庭に複雑な事情を抱えていて、まともに親の揃っているものなど、見当たらないのだった。
小田切はミーシャの少し怯えた大きな湖のような青い瞳を思い出していた。
そうか・・・それでか。
俺はあの時、ミーシャの中に、自分の影を見ていたのだ。
幼い日の自分。ひとりぼっちで・・・だが、俺には少なくともちづねぇがいた・・・。
ミーシャには誰もいない。いや、違うな・・・。
小田切は目を閉じた。
ミーシャの周りにいたロシア人の青年たち。それなりにミーシャを可愛がっていたようだった。
軍隊とは不思議なところだ。敵味方に分かれて戦ううちに、家族以上の強い絆が出来たりする。そして、D機関も、また・・・。

結城中佐。
「全てを欺き、生き残れ」と教えた貴方は、一体今どこにいるのですか?
俺は、地獄から戻ってきました。
助手席に座る男のお陰で、真っ黒な孤独から、俺は救われたんです・・・。

ジープは急カーブを切った。
道しるべとてない、真っ白な道なき道を、ジープは滑るように走ってゆく。

小田切は自分の左胸に手を当てた。
生きている・・・俺は、生きているんだ。

神という言葉が思い浮かんだが、それはすぐに闇に消えた。
俺が会いたいのは神ではない、魔王だ。

俺は今、貴方に、会いたい。




















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