「これで、いいか?」

俺は何をしているのだろう。よりによって、捕虜に命令されて死に掛けた捕虜を運ぶのを手伝うなんて。
だが、雪が酷くなってきた。ぐずぐずすれば、この男の命はないはずだ。

男を納屋に運んだ後、ミーシャはご丁寧にも薬箱さえ持ってきてやった。何の見返りもなく。そうせずにはいられなかったのだ。
お父さん・・・。
殺された父親と、目の前の小田切が重なって見えた。

「ありがとう」
小田切は礼を言うと、薬箱をあけて包帯を取り出し、手当てを始めた。
ミーシャには意外だった。
死にかけた兵隊を手当てするような優しい男が、あの鬼畜といわれた関東軍の指揮官なのか・・・?そんなことがあり得るのだろうか。
小田切は優しい顔をしている。慈愛に満ちたキリストのような・・・。
大勢いる収監者のなかで、特に小田切を注意してみていたのは、小田切が関東軍の指揮官だという噂が、あまりにも不似合いだったからだ。
両親はおろか、幼い妹まで殺したあの憎らしい関東軍、その指揮官が、この男。
そう思うだけで恐ろしくて、両足に震えが来た。
だが、怖くない。自分にそう言い聞かせているうちに、知らず、ミーシャは不安げなまなざしで小田切を見つめ続けていた。


手当てをしている間、ミーシャは小田切の背中を見つめていた。
大きくて、傷ついた背中・・・。手当てが必要なのは小田切も同じだ。毎日のようにロシア兵に折檻されている。それでも尚変わらぬ思いやりに溢れた背中・・・。

お父さん・・・お父さん・・・お父さん・・・。

気づいた時、ミーシャは小田切の背中にむしゃぶりつき、大声を上げて泣いていた。
歳相応の子供のように。

小田切は驚いていたが、されるがままになっていた。
泣きたい時に泣ける。そんな当たり前のことがここでは許されない。
振り返り、ミーシャの身体を抱きしめると、落ち着くまで背中を撫でてやった。
幼い子供のように泣きじゃくるミーシャは、いつもよりも一層幼く見えた。

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