今日もコーンビーフの缶詰ひとつ。
小田切は虚ろな目でそれを見た。

昨日また一人死んだ。珍しいことじゃない。ここでは毎日人が死ぬ。まだごく若い、少年のようなロシア兵が、わずかに気の毒そうな顔をした。

敗戦が決まっても、ロシアは日本人をシベリアに抑留し、鉄道建設やその他の工事に駆りだした。ろくな食べ物もなく、コートもなしで、大勢が寒さや飢えで病気になり朝には冷たくなっていた。生き地獄・・・ただ死ぬためだけに働かされている。生きて日本の土を踏むことはもうないのだろう。小田切はコーンビーフの缶詰を見つめたまま、帰りたい、と思った。
福本はどうしただろう・・・。

カレンダー代わりに彫り付けた壁の傷を数えると、もう2年になる。
2年・・・。その間にどれだけの日本人が死んでいくのをみたことだろう。
そして、その死んだ日本人を埋める穴を掘るのが、関東軍の将校だった俺の今の仕事だ・・・。そしていつか、自分を埋める穴を掘らされることだろう。

だが、時の流れと共に緩やかになってきた警備が、小田切にはチャンスだと思えた。
最初は6人いた見張りが、一人減り二人減りして、とうとうあの少年のようなロシア兵だけになった。いや、実際少年なのだろう。12,3歳といったところか。
他の兵には「ミーシャ」と呼ばれているその少年だけが、今も律儀に、逃げ出す気力もない日本兵を見張っているのだ。
髪は短く刈り上げているものの、真っ白なプラチナブロンドで、目は湖のように青い。ロシア人らしい、彫りの深い顔立ちに、白すぎる肌が痛々しいほどだ。
ロシア兵とて栄養不足なのだろう、目の下に濃いくまができ、折れそうに細い手足をしている。
毎日見る残酷な風景にいまだ慣れないらしく、怯えたような表情で、たまに小田切と目が会うと、何かを訴えるようにじっと見つめ返してきた。


全てを欺き・・・生き残れ・・・

結城さんの言葉が耳にこだまする。幻聴なのか?いや、確かに聴こえた。
小田切は墓を掘る手を止めて、じっと風に耳を澄ました。

だが風は轟音を立てながら吹きすさび、小田切の手足をかじかませるばかりだった。


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