夕飯の時になっても、佐久間は姿を見せなかった。

あの馬鹿が・・・。
「三好、どこに行く?」
「散歩」
「?この土砂ぶりの雨の中を?」

「ほっとけよ、実井。野暮用だ」
と田崎。実井の肩に手を置く。
「そうそう。人の恋路を邪魔する奴は、馬にけられて死ねってね」
と波多野。
「三好は焦ってどこに行ったんだ」
と小田切。
「濡れる場所」
波多野は片目を瞑って見せた。


きっとあそこだ。
三好は傘を差して、土砂降りの中へ入っていった。

桜のすっかり散り終えた堤防。
そこに小さな掘っ立て小屋がある。
三好は意を決して、堤防を降りていった。

「佐久間さん」
「・・・三好」
案の定、そこに佐久間はいた。髪の毛までずぶ濡れで、震えている。
「何やってるんですか・・・そのままじゃ」
「来ないでくれ、頼む」
「え」
「俺はもう・・・多分、駄目なんだ・・・」
「佐久間さん・・・」
様子がおかしい。佐久間はひどく怯えている様子で、目の焦点も合っていない。
まるで自白剤でも使ったみたいに・・・。

まさか。結城中佐が佐久間に自白剤を使ったというのか。
そんなはずは無い・・・いくらなんでも。
「佐久間さん。貴方一体・・・なにをされたんですか・・・」

三好が傘を捨てて近寄ると、佐久間は狂ったように暴れて、三好の襟首を掴んで壁に押し付けた。
「俺はお前とは別れるんだ」
「・・・別れるもなにも、そもそも付き合ってないじゃないですか」
「なん・・・だと?」

「やれやれ。これだから陸大出は困る。本気と冗談の区別もつかないで・・・」
唇を塞がれて、最後まで言えなかった。

足元を照らしていたランプの明かりが消えた。
外は雨。激しい雨の音に二人の吐息はかき消された。





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