昨日の雨が嘘のように晴れて、今日は快晴だった。

「三好」
田崎に呼ばれて振り向くと、
「佐久間さんが、堤防で君を呼んでる。来なければ腹を切ると言っているが」


桜が舞い散る並木通りの堤防。降りていくとすぐ川になっている。
三好がやってきたときには、佐久間は堤防に座り込み、白く光る抜き身になった日本刀を目の前においていた。

「佐久間さん、何の遊びですかそれは」
「昨日の戯言はなんだ?貴様の返答次第では、俺は腹を切る!」

がばっと、着物の前を開き筋肉隆々の腹を出して、佐久間は言った。

「やれやれ。貴方は本当に困った人だ。誰も駄目なんて言ってないじゃないですか」
「なん・・・だと?」

「どうしてそんな顔をしてるんですか?イワシじゃなくて鳩でしたか」
佐久間の表情を見て、三好は冗談を言った。

「茶化すな!俺は恥をしのんで己の気持ちをさらけ出したんだぞ!鳩でもイワシでもなんだっていい、貴様の気持ちを聞かせろ!」

「貴方は、もてないでしょう・・・?本当に困った人だ。少しは静かにしてくださいよ」

三好は座り込んで今にも腹を切ろうとしている佐久間に近づくと、片手で刀を取り、もう片方の手で佐久間の口を押さえた。
それから、呆気にとられる彼の唇を、自らの唇で塞いだ。

薄くれないの桜の花びらがはらはらと零れ落ちた。
次から次へと降りしきる雨のように、舞い降りてくる。
沢山の桜の花びらに隠されて、彼らの姿は誰の目にも映らなかった。

重なり合った手のひらと手のひらの影さえも。
桜はその痕跡さえも消し去ってしまった。
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