さっきまで佐久間に握られていた左手が痛い。


「手が痛い。離して下さい」
「いやだ」
佐久間はもう何時間も三好の手を拘束していた。
離せばいなくなると思っているみたいに。

三好は床に座り込み、佐久間はベッドに横になっている。
そして佐久間の右手は、がっちりと三好の左手を捕らえて離さない。
「こんなの・・・意味ないのに」

三好が非力でも、本気になれば振りほどけるはずだった。
だが、囚われている。
まさか、自分が?
遊びだったはずの、見せ掛けの恋。
ミイラ取りがミイラになる・・・。

朝からいろんなことがありすぎて、少し疲れているだけだ・・・。
いまはもう、ただ泥のように眠りたい。

三好はふいに子供の頃のことを思い出した。
かくれんぼしたまま、いなくなった母親のこと。
夜になると、蛍が集まってきて、三好の足元に留まった。
それでもまだ、三好は草叢に隠れていた。

蛍が、僕を照らすから、きっと探しにきてくれる・・・。

だが草叢に眠り込んでいた三好を発見したのは、通りがかりの警察官だった。

三好は遠い親戚に引き取られた。
金持ちの偏屈な老人。元は軍人だったというその老人は、杖をついてはいるものの、背筋は真っ直ぐに伸ばし、とても大きく見えた。

あたたかい心臓を持っているとはとても思えないその老人は、ひたすらに厳しく、三好を躾けた。成績は常に一番であるように強要し、期待に添えない場合は、容赦なく折檻した。
友達を作る余裕さえない生活の中で、三好の心は荒んでいった。

三好が東京の大学に入る頃、老人はとうとう床についた。
三好は密かに喜んだ。これでやっと解放される。僕は自由になる・・・。
老人がベッドから医者を呼んだとき、三好は医者を呼ばなかった。
老人はそのまま亡くなった。三好はまたひとりになった。

自由。
だが、自由とは・・・がらんどうのことだった。
生きているのか死んでいるのかもわからないような、無感覚。
憎しみしか感じなかった老人が死んだ時、三好の一部もまた死んだのだった。

蛍。
蛍を見ると、三好はなぜか母親よりも、老人を思い出すのだ。
血のつながりのほとんどないような遠い親戚の男の子を引き取り、厳しく育てた男。
死の床についてさえ、優しい言葉ひとつくれなかったあの男。


「結城さんが杖を突いて目の前に現れたときは、僕は心底ぞっとした。
殺したはずの爺さんが甦ってきたのかと思ったくらいさ。
不思議だったのは、彼が現れたとき、蛍が纏わりついてね。
魂も凍りつくような冬だったのに・・・」

「三好」

「彼は僕がしたことを何もかも知っていると言った・・・」
床に座り込んだまま、三好は佐久間のいるベッドに突っ伏した。

「脅されたのか」

「そういうことになるんでしょうね。でも僕はその言葉に光を見た。暗闇でしか光らない蛍のような小さな光を。奇妙なことに、僕は安堵した。もうひとりで罪を背負わなくていい。そう感じたんですよ」







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