「一晩中一緒にいたのに、手を握っていただけだと?」
「大きな声を出すな」
「そんな馬鹿な話・・・信じろってか・・・」

甘利は呆然としている。

夕べのことを問いただされた田崎は、波多野から得た情報を甘利に伝えた。

「佐久間の部屋はマジックミラーが仕掛けてあるから、間違いないよ。二人は一晩中一緒にいたけど、なにもなかった。手を繋いでたくらいだと」
「だがあの小屋にいたときは・・・」
「佐久間は錯乱状態だったんだよ。気絶から冷めると、普通になってたらしい。でも、三好に乱暴を働くんじゃないかと佐久間は自分で畏れてたって、波多野が」
「それをお前らは見ていただけか」

「乱暴を働くなら止めただろうよ。でも、その気配は無かった。二人はただ手を繋いで、お互いのことをぽつりぽつりと話して・・・夜を明かしたらしい」

「中学生か?いや中学生でも今日日やらねーぞ・・・そんなん」

そう言いかけて、甘利ははたと膝を打った。
「待て、お互いのことをぽつりぽつりと話したって、三好が自分のことをあいつに話したというのか」
「らしいよ。声が小さすぎて内容は聞き取れなかったそうだ。子供の頃のことなんかを話していたらしい」
「何考えてるんだ、あいつ・・・」
甘利は唸った。

学生たちの過去。それはあくまで秘密事項である。
それを漏らしたというのだ。しかも、陸軍の軍人相手に。
三好の過去の人生なんて、甘利でさえも知らない。

「蛍がどうのって」
「蛍?蛍って、光って飛ぶあれか」
「三好にも蛍を捕まえるような子供だった時期があったんだね。およそ想像もつかないけど・・・」
田崎はそういいながら、テーブルに片肘をついた。

「三好があいつに・・・蛍の話・・・」
「どうして君が動揺する?さっきまで<子猫みたいな>可愛い彼女といたんだろ」
田崎がからかう。

「動揺なんてしてない。ただちょっと・・・意外だっただけだ」
甘利は懐から煙草を出した。
それを一本銜えると、田崎がライターで火をつけた。

「俺も勉強不足だったよ」
田崎がライターを弄びながら言った。
「精神的に繋がるほうが、肉体的な裏切りよりも、ずっと罪は重い」


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