「子猫に会いに、か。まさかね」
田崎は肩をすくめた。


一方。自室に戻った三好もまた、考え込んでいた。

「貴様はわかっていないみたいだが、貴様が結城さんに惚れているのは皆が知っている。だから、もうこんな火遊びはよせ」

そう甘利に言われた時、咄嗟に反論はできなかった。
ちょっと驚いたからだ。

貴様が結城さんに惚れているのは皆が知っている?どういう意味だ。

僕は結城さんに惚れてなどいない。なのにどうして、それを皆が公認しているなどとほざくのだろう。
恐らく甘利の冗談、冗談にしてもどうかと思うが、そうなのだろう。

三好はさっきの風呂場でのぎらついた甘利の刺す様な視線を思い出していた。
一瞬、身の危険を感じたとしたら、それは自惚れが過ぎている。
甘利には男色のケはないはずだ。無類の女好きなのは本人も公言するところだ。
ホンモノのジゴロよりも、甘利のほうがずっとジゴロらしい。
三好に女の口説き方を教えたのは、甘利だったではないか。
やはりあれは、単なるスキンシップで、意味などないのだろう。

三好は立ち上がり、部屋を出て、佐久間のいる部屋に向かった。


「佐久間さん。入りますよ」
ドアを開けると、狭い部屋のベッドに佐久間が寝ていた。

「佐久間さん、僕ね、もうすぐドイツに行くんですよ」
ベッドに腰を下ろし、佐久間を見下ろす。
「だから、安心してください。僕達はもう多分」

二度と会えない。

「貴方は靖国で仲間と会えるでしょうけど、僕の未来には真っ黒な孤独しかないんですよ・・・」

10年も20年も、敵国に潜伏し、人目をはばかり、情報を国に送り続ける。
それがどんな生活になるか、貴方にわかりますか?

「でもね、僕はどの道、あのひとに会うまでは孤独の中にいたから、孤独には慣れているんですよ。古い友達みたいにね」

三好は独り言を続けた。

「だけど貴方といるとわからなくなる。貴方の存在に引きずられて、昔死んだはずの子供みたいな僕が顔を出すんですよ。まるで僕が」

なにものにもとらわれていない、自由な翼を持つみたいに。


「さようなら、佐久間さん。お元気で」
三好はそっと囁いて、立ち上がろうとした。その腕を、佐久間の手が掴んだ。

「行くな」

上がっていたはずの雨が、再び窓を叩き始めた。
それは二人の運命を暗示するかのように轟音となり、朝まで止む事は無かった。









inserted by FC2 system