薄暗い自室に戻って、持っていたタオルを椅子に放り投げると、甘利はベッドに座って、サイドテーブルの上の煙草を手に取った。
口に銜えて火をつける。
風呂上りだったことを思い出して、窓を開けると、ぬるい風が部屋に入り込んできた。

甘利はゆっくりと煙草の煙を吐きながら、先ほどの事を思い出していた。

「あいつ・・・よけなかったな」

甘利が三好の髪を耳にかけてやったとき、三好はされるに任せていた。
てっきり手を払われるかと思った。何かを考え込んでいたからかもしれないが・・・。

隙がありすぎる。

甘利は眉を寄せた。

本来の三好は鋭い。自分に向けられた敵意には、例え隣の建物にいたとしても気づく。それが奴の強さの根底にある。
それなのに、敵対しない人間に対しては甘すぎやしないだろうか・・・。
「なるほどね・・・それでか・・・」

自負の塊のような連中の興味を惹きつけるのに充分な才能だ。本人は気づいていないだろうが、今後も彼の関心を引く為に、多くの協力者が現れるだろう。
しかし、スパイは目立ってはならない・・・この矛盾にどうやって対処していくつもりか。結城さんは、わかっててここに連れてきたのか?
危険過ぎないだろうか・・・。

「まぁ、魔王の考えることは俺にはわからん!」

甘利は煙草を灰皿に押し付けると、もう一度シャツを着た。
こんなときは彼女と会うに限る。最近お気に入りの娘だ。
ここの連中も、もっと女を沢山見たほうがいい。
甘利は娘に触れたときの、少し震えるような瞳を思い出した。

それはまるで・・・甘利は自分の考えに苦笑して、自室を出た。

「また出かけるんですか?」
田崎が不思議そうに声をかけた。
「ああ、ちょっと女に会って来るよ。可愛い娘なんだ、これが。・・・子猫みたいにね」
「子猫・・・」
「ついてくるなよ」

甘利は田崎に向かって、片目を瞑って見せると、ひらひらと手を振って、夜の街へ溶けていった。
inserted by FC2 system