ちょっとしたお使いでロンドンの街に出た。

「ルイス!まさか、お前ルイスか?」
聞き覚えのある声。
振り向くと、昔馴染みのジャンがいた。
ジャンは、ストリートキッズの中でも、ボス格だ。

「ジャン・・・」
「驚いたなー、その格好は?王子様の仮装か?」
ジャンは走り寄ってくると、俺の服に手をかけた。
「汚い手で触るなよ。汚れるだろ」
俺が言うと、
「はっ、気取ってやがる。お前が姿を消して、皆心配してたんだぜ?噂によるとどこかの金持ちに引き取られていったって話だったけど、本当だったのかよ?」
「・・・ああ・・・」
「うまいことやりやがって。俺は常々、お前は靴磨きなんかより、その恐ろしいくらいに綺麗なツラを利用したほうがよっぽどいい暮らしができるって、そう思ってたんだ。仕事はいくらでもあったのに、お前が断るから」
「綺麗って・・・俺は赤毛だし・・・そばかすもひどいし」
「何謙遜してんだよ、その金持ちがお前を引き取ったこと自体、お前が上玉な証拠じゃないか」
ジャンは俺の頬をぺしぺしと叩いた。
「よせよ・・・お前が思うような、そんなんじゃない」
引き取られた当時は、俺も夜の相手をするのだと思い込んでいた。
だが、佐伯は指一本触れてこない・・・。
佐伯は恐らく女性にはさほど興味はない。
俺が、下賎な者だから、興味がわかないのだろう・・・。

3ヶ月前。
俺は往来で靴を磨いていた。
「頼む」
差し出された靴は、上等な皮で、珍しい細工が施されていた。
俺は黙って、靴をいつもよりも丁寧に磨いた。
男は駄賃を払った。
俺がつり銭を渡そうとすると、それを手で制した。
「・・・ありがとう。旦那様」
これだけあれば、腹いっぱい飯が食える。
そう思って金貨を握り締めた。

仕事が終わり、帰ろうと支度をしていると、
「よお・・・今日は稼いだらしいな」
ギャングの一味、カーチスがやってきた。
「・・・たいしたことはない」
「誤魔化すな。場所代だ、払えよ」
「場所代なら先月もう払ったよ」
「先月は先月、今日は今日だ」
カーチスは指をぽきぽき鳴らしながら、近寄ってきた。

「相変わらず女の子みたいな肌だな、ルイス?わざと靴墨を塗って、その綺麗な顔を隠してるんだろう?勿体ねえ。そのツラを利用すれば、いくらだって稼げるぜ・・・」
「余計なお世話だ」
「生意気言うじゃねーか・・・痛い目みたいのか?」
カーチスは、俺の顎を掴んで、ぐいっと自分のほうに向けた。
「そう睨むなよ・・・この俺が可愛がってやるからよ・・・」
カーチスの酒臭い息が俺の耳にかかったとき、

「その手を離せ」

凛と響く声がした。みると、さっきの客だった。
「ああ?誰だお前」
カーチスは俺を突き飛ばすと、すばやくナイフを取り出し、構えた。
「ひっこんでろ、怪我をするぜ」

何が起こったのかわからなかった。
男はあっという間に、ナイフを弾き飛ばし、カーチスはゴミ箱の中に顔を突っ込んでいた。
驚いて声を失っている俺に、男は手を差し出した。
「大丈夫か」

それが佐伯との出会いだった。















inserted by FC2 system