その夜、夜中にたたき起こされ、俺はある実験に付き合わされた。

目隠しをされて、手首を切り、血がどくどくと流れ出す・・・。
「どうだ?血がどんどんと流れているぞ・・・浴槽は真っ赤だ」
「・・・マスター・・・気分が悪いです」
手首から血が溢れるのが、見えなくてもわかる。
ぬらぬらと手首を滴り落ち、浴槽へ流れる赤い血・・・。
「気分も悪くなるだろうな・・・これほどの血が流れ出せば」
冷酷な声だ。
「・・・マスター・・・もうやめてください。死んでしまいます・・・」
「死ぬ?そうだ。貴様はもうすぐ死ぬ・・・」

流れ出すおびただしい血。出血多量で死ぬ俺の、明確なイメージが浮かんだ。
俺は気が遠くなりそうだった。
どくん、と心臓が跳ねた。
そのとき、目隠しが外されて、視野が広がった。
手首を見ると、流れているのは血ではなくて、蛇口から滴る水だった。
血が流れていると思ったのは、思い込みによる錯覚だったのだ。

「どうだ?これが自殺のトリックだ」
佐伯は俺を助け起こすと、そう告げた。
「実際には血が流れていないのに、 流れていると思い込み、明確な死のイメージができあがる。それに心臓が耐えられなかった、という理屈だ」
「なぜ、わざわざそんなことを?」
「まぁ、趣味だろうな。外交官を殺したのは、本当のサディストだ」
「サディスト・・・」
俺は思わず佐伯の顔を見た。
佐伯は苦笑して、
「なんだ?私がサディストだとでも言いそうな顔だな」
「・・・さきほどのは、真に迫っていました」
俺が抗議すると、佐伯は俺の前髪をくしゃりと撫ぜた。
「褒め言葉と受け取っておくよ。ルイス」

俺は自分の手首を見た。そこにはうっすらとナナメに切り傷があった。
「貴様に傷をつけたのは謝る。よく、消毒しておけ」
佐伯はそういうと、立ち上がり、部屋を出て行った。

それにしても、傷をつけられたことさえ誇らしく思う俺のこの心はどうしたものだろう。
俺は、究極には、マスターに殺されたって構わないのじゃないだろうか。
先ほどまで死の恐怖に怯えていたことも忘れて、俺はうっとりとした。



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