佐伯の行く先は、懇意にしているドイツ人外交官ヘルムート・メイヤースの屋敷だった。


玄関で呼び鈴を鳴らすと、なにやら悲鳴が聞こえた。
佐伯はすばやくドアを開けると、階段を上っていった。

二階にあがると、水音がして、バスルームに人影があった。
「   」
佐伯はドイツ語でなにやら問いかけた。
メイドは腰を抜かしながら、バスルームを指差すばかりだった。

佐伯がシャワーカーテンを開けると、中に男が座り込んでいた。
手首を水につけている。水は透明だった。

「おい、貴様・・・」
佐伯は男の顎を持ち上げて、顔を覗き込んだ。
男は白目を剥いていた。

「し、死んでるんですか・・・?」
俺の問いかけには答えず、佐伯は脈を計った。
「だめだ」
佐伯は男の手を離し、目を閉じさせた。

机には遺書らしきものも発見されて、男の死は自殺と断定された。

「自殺だったんですね・・・びっくりしました」
「自殺なんかじゃない。手首の切り傷はたいしたことはなく、出血もしていない。死因は心臓発作だ。何者かが彼を殺し、自殺にみせかけた」
「そんな・・・なぜ」
「なぜ?」
佐伯の口元は皮肉に歪んだ。

「外交官というのは聞こえはいいが、要は公式のスパイのようなものだ。世間のイメージとは違って、汚れ仕事や、死の危険はいつもある。外交上に知りえたほんの些細な秘密が元で、破滅する人間なんていくらでもいるからな」
「・・・そんな・・・」
「問題はどうやって、心臓発作を誘発したかだ。あの程度の怪我で心臓発作を起こすとは思えんしな・・・」

「警察はどうして俺たちを呼ばないのでしょうか?あの時現場にいたのに」

「メイドが都合よく私たちのことを忘れたのだろう」
佐伯はにやりとした。
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