「波多野」
波多野の腕の中で、実井は言った。

「抱いて」
その言葉を聞いたとき、波多野の中でなにかがはじけた。
波多野は実井を冷たい地面に押し倒すと、唇を重ねた。
焚き火の炎に照らされて、実井の身体は白く浮かび上がる。
波多野の手が、実井のピンク色の乳首に触れた。

「・・・あっ・・・そこは」
かすかに身じろぎをする。
波多野は唇を離して、今度は乳首に口付けた。
小さな突起は堅くなり始めている。
「・・・は・・・」
実井が吐息のような喘ぎ声を漏らした。

まただ。実井の声を聞くだけで、波多野のものは反応してしまう。
波多野は実井の唇を手で押さえた。
「声を立てるな」
「?」
「・・・先にいかしてやる」
波多野は実井の白い身体に没頭した。
空腹のことなど忘れていた。

実井は別のことを考えている。
準備体操を怠って、わざと足がつるように仕向けた。
自分が溺れれば、きっと波多野は助けるだろう。
そうして、仲直りのきっかけができる。
セックスをして眠ってしまえば、わだかまりも解けるだろう・・・。

多少、危険な賭けだった。
だが、リスクのないところに収穫はない。
波多野の手に身体を任せて、天国へと誘われる。
技術としてはまだまだだが、熱心さは買う。
それに、これからうまくなるだろう将来性も捨てがたい。
実井は、波多野が自分に溺れるのを、新しい玩具のように喜んだ。


三好は完全に寝たようだ。
小田切は部屋を出るべきだが、立ち去りがたいものを感じて、まだ側にいた。
三好に関する噂は、禍々しいものばかりだ。

三好を巡った色恋で、自殺するものがあった、とか。
三好に誑かされたD機関員は、闇に葬られる、とか。
三好は結城さんのお気に入りだ。
天性の美貌に加えて、頭も切れるし、物事に関してやや冷笑的なのを除けば、およそ欠点の見当たらない、純粋培養のお坊ちゃんで、どこか結城中佐と似ている。
結城も露骨なえこひいきはしないが、話しかける回数も多いし、よく意見も聞く。
小田切にはない親密さがある。そう感じるのは自分の僻みだろうか。

三好の唇は赤い。なぜこんなに赤いのだろうか。紅でも塗っているのか。
自然で赤いのだろうか。
小田切は三好の唇を親指で拭ってみた。
別に色はつかない。天然の彩色らしい。
小田切はしばらく自分の親指を見ていたが、なんとなくそれに唇をつけてみた。
「・・・なにをしてるんだ・・・俺は・・・」
自分のしていることの浅ましさに気づいて、小田切は赤面した。
寝ている三好の唇を触り、それに唇をつけてみた。間接キスだ。

三好は天然で男を誑かす。その噂は本当らしい。

このままここにいては、自分も誑かされてしまう。
「魔物か」
小田切はベッドの端から立ち上がると、振り向かずに出て行った。

扉が閉まる音がすると、三好は静かに目を開けた。
自分の口に手をやり、唇の感触を確かめる。
さっきのあれは・・・たぶん指だ。唇じゃない。
だからといって、なにもなかったことにはならないのだが・・・。

小田切は、安全。
ああいって、煽ったのは自分だ。
プライドの高い男なら、そういわれればなにかことを起こさずにはいられないだろう。
案の定、小田切はことを起こした。
思いがけず、可愛らしい手段ではあったが。

人を操るなど、造作もない。
結城だけは別だが・・・。
三好は再び目を閉じて、結城の顔を思い浮かべた・・・。









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