大連で列車を降りたとき、見慣れた顔が軽く手を挙げた。
実井は黙って男の後についていった。


「久しぶりだな。佐久間さんから連絡を貰って驚いた。・・・なにをやってる」
「なにって・・・聞いているとおりですよ」
実井がにやりとした。
「あんなでたらめな作り話を、佐久間さんは信じたというのか?」
「作り話、ですか?」
「貴様が二重人格だと?意識があったに決まっている・・・貴様は、人殺しを愉しんでいたんだろう。今は戦時中だからな」
「随分ですね、福本さん。人を殺人鬼みたいに」

「佐久間さんは貴様の本性を知らないからな・・・。随分ほだされていたみたいだが・・・」
「佐久間さんはでくの棒ですからね。この戦争で死ぬつもりみたいだけど、たぶん僕に未練が残って、生きて戻ってきますよ。放っとけない性分ですから」
「・・・俺には、貴様のほうが佐久間さんに未練があるように聴こえるよ」
「まさか」
侮蔑を含んだ眼差しで、実井は福本を見た。

「第一、僕が身を持ち崩して男娼になるなんてメロドラマが実際にあると思い込む単細胞ですよ?僕はただ、情報を得る為に娼婦の真似事をしていたに過ぎないんです」
「そうして、情報を辿って、軍部に巣食う反乱分子を一掃した・・・、というわけか」
「腐ったリンゴが一個あると、士気に関わりますからね。関東軍にはもう少し頑張ってもらわないと、僕達の努力が水の泡ですから」
「結城さんが貴様の努力を認めてくれると思うか?」
「さあ」
実井は肩をすくめた。
「僕はいまや放し飼いの状態ですからね。資金もとまっているし、自由意志で自由行動をとらせてもらっても、文句は言われないんじゃないですか?わかってくれる、とまでは言いませんよ。それは甘えですからね」

「一体何人殺したんだ?」
「覚えていませんよ。たいしたことはないです。佐久間さんに邪魔されちゃいましたからね・・・」
実井はぺろりと舌をだした。そのあどけない少女のような顔を、福本は眺めた。

「罪な奴だよ。貴様は」
福本は実井の頭を軽くはたいた。








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