「金は置いていくから、客は取るな」

偉そうにそんなことをいったが、たいした額ではない。
3日もすればまた、実井は街角に立つだろう。
そう思うとやりきれなかった。

だが、佐久間にはやることがある。
殺人鬼が、実井なのかどうかを、確かめねばならない。

佐久間は実井のアパートが見える安宿に泊まり、実井を見張った。
実井はしばらく大人しくしていたが、一週間後、訪ねるものがあった。
普通の服装をしているが、歩き方から見て、軍人なのは間違いない。
男は階段をあがり、実井の部屋に入った。

「あぁ・・・あぁ・・・いいよ・・・」
中から声がする。
どうやら、最中のようだ。
佐久間は激しい嫉妬心を押し殺しながら、中の様子を伺った。
ベッドのスプリングの軋む音。
そして、喘ぎ声。

それが、ふつりと切れた。

佐久間が入り口のドアを蹴破ると、男の横にかがみこんでいた実井は、こっちを見た。
「誰だ貴様は」
実井は、別人のような凶暴な顔を浮かべて、佐久間を見た。
「実井?実井なのか・・・」
「俺をその名で呼ぶな」
実井はそういうと、身体を起こして、軽蔑するように佐久間を見据えた。
「軍人だな?俺は軍人が嫌いなんだ・・・幼い日の俺を暴力でねじ伏せたのも、軍人だったからな・・・」
「殺したのか?」
「勿論。ここは上海だ。人の命は空気よりも軽い・・・」

実井の両手には短剣が握られていた。その刃先についた血を舐めて、
「覚悟は出来ているか?関東軍の大尉さんよ」
次の瞬間、怒涛のように襲い掛かってきた。佐久間は交わしきれず、頬や腕に切り傷を負った。
「遅い!!」
壁際に追い詰められ、背中に堅いものが当たった時、実井の細い腕が、佐久間の首のすぐ前にあった。喉をかっきられる・・・!!!
これまでか・・・。
佐久間は目を瞑った。











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