「血の匂い?それは僕が処女だったからでしょう」

まぜっかえすように、実井は言った。
「嘘付け。処女なものか」
「ばれましたか。それに、この辺りじゃチャイナドレスの女なんて掃いて捨てるほどいますよ。どう見分けるんです」
「それは・・・」
「貴方は最初から僕が犯人だと決め付けていますよ」
佐久間の腕の中で、実井は花弁のような唇を開いた。
白い真珠のような歯が見える。
誘うように。

「鮮やかな手口だ。プロの犯行だ。例えば、貴様のような」
「何度も言いますが、僕達は死ぬな、殺すなを信条としているんですよ。たとえ関東軍の軍人のような外道相手でもね」
「外道、だと?」
佐久間は血相を変えた。
「失礼。貴方も関東軍でしたね。佐久間大尉」
けろりとして実井は囁いた。

「中国服を着て、中国人にでもなったつもりか?」
「別に中国人になったりはしてませんよ。同情はしますがね・・・」
「帰る」
佐久間は急に身体を起こすと、ベッドから立ち上がった。
「帰るんですか?まだ夜明け前ですよ」
「これ以上長居すると喧嘩をしてしまいそうだからな。・・・」
「なんです?」
佐久間は服を着ながら、胸や尻ポケットから有り金を取り出した。
「金は置いていくから、客は取るな。・・・また来る」
「佐久間さん」
咎めるような実井の声。
だが、佐久間は振り返らなかった。
顔を見れば、離れられなくなりそうだった。

女々しい。
佐久間は自分の性格を、そう評した。

実井の部屋に、わざと煙草を忘れてきた。
それを見れば、自分のことを、きっと思い出すだろう。








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