「実井。なぜ貴様がこんなところに・・・」

「話すと長いんですけどね。まあ、座りませんか」
実井は粗末なベッドを指した。

言われるままにベッドに腰を下ろすと、寄り添うように隣に腰を下ろす。
短いチャイナドレスの裾から、白い太ももが見えた。
佐久間は思わず目をそらし、耳を赤くした。

「あまりくっつくな」
「暖房もなにもないですからね。貴方は温かい・・・」

どういうつもりなのか。佐久間には実井がわからなかった。

「俺は金を払ってないぞ」
「後払いでもいいんですよ」
「おい、冗談はやめろ」
実井はくすりと笑い、
「相変わらずのでくの坊ですね。まあ、いいでしょう。貴方みたいな人は稀有だ」
「褒めて殺すな。・・・訳を言え」

「よくある話なんですよ。上海のとある金持ちの中国人の家にメイドとして潜伏していたら、主人が僕に惚れてしまってね。姿を隠さなきゃならなくなったんですよ。金持ちといっても、マフィアを雇っているような連中ですからね・・・どこまでも追ってくる」
「任務に失敗したのか」
「失敗?D機関員に失敗はあり得ませんよ。任務は完了していた」
実井がむっとして、言い返した。
「帰国すればよかったじゃないか」
「僕もそうしたかったんですが、帰国命令は出ていないし、かといって次の任務があるわけでなし、一種の失業状態でね。できることといえば・・・」
実井は佐久間の下半身をそれとなく撫でた。
「よせ。・・・おかしな真似をするな」

「そうこうするうちに戦争が本格的になって帰国はできなくなった。有り金も尽きて、とうとうこの町に流れ着いたんですよ。まあ、おかげさまでどうにか生きながらえていますけどね」
少女のように可憐か顔が、佐久間のすぐそばにある。
佐久間は目をそらした。
「俺が知りたいのはそのことじゃない。・・・士官たちを殺したのは貴様なのか」
「僕が?」
実井は目を丸くして、次の瞬間、はじけるように笑い出した。

「死ぬな、殺すなを叩き込まれている僕が、人を殺すなんて、あり得ませんよ」
実井は笑い続け、佐久間は決まりが悪くなるほどだった。







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