空は白かった。
大連の空は青くなることはほとんどない。いつも、曇天だ。
「別に送ってくれなくても良かったのに」
「貴様のことだ。ちゃんと見送らないと、また上海あたりをうろつかんとも限らんからな」
妙なところで義理堅い。
福本は白いチャイナ服を着こなして、シナ人を気取っている。
顔色も日に焼けて、シナ人のようだ。
船の到着を待っていると、人々のざわめきが聴こえた。空を見上げて、口々に叫んでいる。
「なんだ?あれは!」
「戦闘機だ!」
次の瞬間。雲の間を縫って、戦闘機が突っ込んできた。
日の丸じゃない。ロシアの国旗だ。
「ロシア軍だと?」
戦闘機は派手に倉庫に突っ込み、そのまま炎上した。
人々はわっと逃げ惑い、だが僕は人並みに逆らって、戦闘機のほうに走った。
ハッチが開いていて、戦闘員は倉庫に投げ出されていた。
男は、ロシア人にしては小柄で、寸足らずだった。
「おい!大丈夫か!?」
嫌な予感がした。男を揺さぶり、仰向けにすると、僕はあっと口を覆った。
「波多野・・・!?」
「・・・よぉ・・・元気か・・・」
「なにしてんだ、貴様、こんなところで・・・」
「なにって・・・貴様が浮気してるって福本から連絡があって、慌てて飛んできた・・・列車も船も止まっていたから・・・飛行機をかっぱらって・・・最初はフランス機だったんだが、それがモスクワに落ちたんで、ロシア機を奪って・・・」
「ふ、ふざけるな!貴様、死ぬ気か!?」
「・・・・・・死にそうだ・・・実井、最後に頼みがある・・・」
「なんだよ・・・」
「・・・キス、してくれ。ご褒美の、キスだ」
波多野は目を開けて、にやりとした。
燃え盛る戦闘機の熱風の中で、僕は波多野にキスをした。
「馬鹿か、貴様ら」
福本の呆れた声が、近くで聞こえた。