中国大陸での戦争が激しくなった頃、上海で奇妙な事件が起きていた。
関東軍の上級将校が次々と、何者かに毒殺されたのだ。
犯人はチャイナドレスを着た女、恐らく娼婦であるというのが唯一の手がかりだった。
将校たちは皆、殺される前日に、その娼婦と閨を共にしていたのだ。

「プロだな」
現場に証拠を残さぬ手馴れたやり口。突発的な事件である可能性は薄い。
「中国服の女、か・・・中国人スパイか」
佐久間は顔をしかめた。
だが、この推理は単純すぎる。
この事件、なにか裏が有るような気がする。

戦争は人々を享楽的にする。
男たちは賭博に耽り、酒に溺れ、女を抱く。
明日をも知れない男たちと、身体を売る女たちは、不思議と相性がいい。
刹那的なロマンスが、そこに生まれる。
将校殺しは関東軍を震撼させたが、それで女を抱くことをやめるものがいるわけではなかった。

案内された部屋は、粗末な中国式のアパートの2階だった。
軋む階段を上がると、小さなドアがあり、福の字が逆さに張られていた。
ドアを開けると、暗がりの向こうに小さな灯りが灯っており、その女はいた。
白いチャイナドレスを纏ったその身体は小柄で、顔は扇で隠している。

「代金は先払いです。招き猫の置物の間に挟んでください」
感情のない透明な声。少女と言うよりは、少年の声のようだ。

「俺は君を買いに来たのではない。話を聞きにきたのだ」
「話だけ?変わった方ですね」
蝋燭の炎が揺れた。

「最近、殺された将校たちは、どうやらこの付近で同じ娼婦を買っていたらしい。そのことについて聞きたいのだ」
「そんな聞き方じゃ、なにひとつ聞き出せやしませんよ」
「なに?」
「その肩の飾りは、大尉ですか?出世しましたね、佐久間さん」
「貴様は・・・」

女は扇を捨てた。蝋燭に浮かび上がったその顔は、
「実井・・・」
佐久間は絶句した。











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