「君を育てたのは僕だと言ったな」

「そうです。貴方は無事独逸から帰国した後、D機関という組織を立ち上げました。僕はそこの一期生です」

「D機関?何の略だ」

「さあ・・・そこまでは。それは結城中佐しか知りません」

「結城中佐か。どんな男だ」

「・・・それは貴方のほうがよくご存知のはずです。ただ・・・僕のせいで、少し事情が変わってしまった。結城中佐の左手は義手です。僕は知らなかったんですが、貴方はおそらく、自分で左手を吹き飛ばしたのでしょう」

「だが、左手はここにある」

「僕が貴方を助けたことで、歴史が変わったとしたら・・・」
僕は、佐伯にもたれたまま、目を閉じた。
「僕と貴方は、もしかしたら未来では出会わないのかもしれません」

「だが、君はここにいる」
佐伯が言った。
「そのことが、未来で君と僕が出会ったことの証明になるんじゃないか」
「信じるんですが?僕の話を」
「・・・君は伊達や酔狂で僕を助けたのではなさそうだ。他人が信じそうもない作り話をして時間を無駄にするタイプにも見えない。まだ、半信半疑だが・・・」
僕は目を開けた。
佐伯の視線が、僕の顔を捉えている。

佐伯の顔が近づいた。唇が、そっと、わずかに触れた。

それから、佐伯は右手で僕の頭を引き寄せ、深く、口付けた。
そのまま、ゆっくりと地面に倒れこむ。
「いけません。こんなところで。それに、貴方は怪我をしているのに」
「告白の続きを聞かせてもらおうか?約束だったろう」

「貴方こそ、もう一度僕に好きだと言って下さい・・・」
佐伯は耳元に唇を寄せて、小さな声で囁いた。

愛している。

「聞こえませんでした」
「なんだと?」
「もう一度、言って下さい」

佐伯はそんな僕のワガママな唇を、唇で塞いだ。

雨が、僕達の姿を隠すように、ひそやかに降り続いた。
優しい雨に守られながら、僕は佐伯の心臓の音を聞いていた。










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