平時なら、人を殺すのはタブーだが、幸い今は戦争の真っ只中だ。
人が死ぬのは日常茶飯事。
ヴォルフの死も、明日には忘れられるだろう。

「どうして男を殺した」
「・・・助けてもらったくせに、僕を非難するんですか?」
「いや・・・もしかして嫉妬したのか?」

橋の下に隠れ、二人でもたれあっている時、佐伯が尋ねた。
「別に・・・そんなんじゃありませんよ。自惚れないでください」
「・・・そうか」

にわかに空が掻き曇り、雨が降り出した。
「・・・佐伯さん、熱がありますね・・・」
左手の負傷のせいで、熱が出たのだろう。佐伯は熱い息を吐いた。
「この程度の怪我で済んでよかった。もう少し長引いたら、手榴弾を奪って、左手ごと吹き飛ばしてやろうと思っていた」
え・・・。
じゃあ、あの失くした左腕は、自分で吹き飛ばしたものだったのか。
拷問で失ったとばかり思っていた。
なんて無茶をする人なんだ。

「日が暮れたら移動しよう。この先に隠れ家がある」
「ヘルムートの別荘でしょう?すこしありますね」
「なんだ。そこにいたのか」
「ヘルムートは僕を入れてくれないかもしれません」
「なぜだ。喧嘩でもしたのか」

「貴方が無事で良かった・・・」

「君は一体何者なんだ?情報部の見張りを倒し、正確な射撃で将校を殺した。なのに平然としている・・・僕は・・・君の正体がわかる・・・だが・・・」

「言ったでしょう?僕は未来から来たんです。僕を育てたのは貴方です。僕を一流のスパイに育て上げてくれた・・・」

「悪いが、それを信じるには、僕の中の常識が邪魔をし過ぎる・・・」

「信じられないのは、わかります」

「だが君は、僕が<魔術師>だと知っていた」
佐伯の暗い目が、一瞬光を帯びた。
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