何の報告もないまま、時間だけがのろのろと過ぎた。

「落ち着いているな」
ヘルムートが言った。
「騒いでも、結果が変わるわけじゃないですからね」
つい、いつもの皮肉な物言いになる。
「その物言い、サエキにそっくりだな」
「そうですか?自分ではわからない」
「弟なんだろ?」

「似てませんか?」
「似ていないこともない。だが、君はサエキと寝たんだろう?」
「・・・答えなくてはいけませんか」
「まぁね。気にはなる」

「一度だけ」
寝た、というより犯された、だが、まぁいいか。
結果は同じだ。
「そうか。サエキはああ見えて手が早いからな」
僕はじろりとヘルムートを睨んだ。
「おっと、怖い顔だな。本当のことを言ったからといって怒らないでくれ」
「別に怒ったりしてませんよ」
「退屈しのぎにワインでも飲もう」

ヘルムートは地下からワインを取ってきた。
「食べ物はジャガイモくらいしかないが、ワインだけは豊富だ。年代ものの貴重なワインがいろいろある」
「いいですね」
僕は気の乗らない声で相槌を打った。
「貴族のワインを独り占めしないで、貧しい民衆に配っては?貴方は集会でそういってましたよ」
「一本取られたな。あれは建前だ。本音は別のところにある」

「狙いはなんですか?王政がなくなれば、貴族の特権だって失われる。貴方には耐え難いはずだ」
「君はなにもわかっていない。貴族というもののおぞましさを」
ヘルムートは吐き捨てるように言った。
「おぞましい?」
随分シュールな表現だ。

「少なくともサエキはわかってくれたよ。彼も貴族だからね・・・。貴族というのはどこの国でも呪われた滅ぶべき種族なんだ」
佐伯のカバーは貴族か・・・。
確かに育ちのいい顔はしている。
「財産争いでもあったのですか」
僕は財産を得る為に、育ての親を見殺しにした。
貴族ではなかったが、金持ちの内幕は多少わかる。

「城も、田園も、見た目は美しいけどね・・・呪われているんだ・・・」
ヘルムートは囁いた。
そして、飾り棚の側にいき、扉を開けると、マイセンの人形を取り出した。
「貴族なんて、この人形と同じ。ガラスケースに閉じ込められて、身動きすることも許されない。俺はただ、ガラスケースを飛び出して、広い世界を見たかった」

帽子を取って優雅にお辞儀をするその紳士の人形は、どこかヘルムートに似ていた。

「ヘルムート」
ノックのあと、男が部屋に入ってきた。ヘルムートに耳打ちをする。
ヘルムートは軽く頷くと、僕に目配せをした。
「居場所がわかった」

僕の心臓は期待に高鳴った。




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