連れて行かれたのは、キール郊外の隠れ家だった。

「ここなら安全だ。手入れの心配もない」
「なぜですか?」
「ここは政府高官の別荘なんだ。いまは無人だから拝借しているけどね」

どうりで調度が豪華なわけだ。
マホガニーの机。椅子。窓には豪奢なカーテン。飾り棚にはマイセンの人形が並んでいる。

だが、そのわりに中は乱雑で、絨毯には煙草の吸殻が散乱している。
革命の司令部といったところか・・・。20本は落ちている。
「許可も取らずに使っているんですか?ばれませんか」
「その心配もない。説明するとややこしいが、もともと俺の祖父の持ち物だ」
ヘルムートは片目を瞑って見せた。

「こう見えても俺は貴族でね。・・・驚かないな、知っていたのか」
「雰囲気でなんとなく・・・顔も品がある」
「ありがとう。よく言われるんだ。革命には飾りが必要でね。俺はその飾りさ」
「革命の後ろに貴族がいるのは、良くある話ですよ」
「社会の時間に勉強したのかい?」
呆れたように、ヘルムートが言った。
「受け売りにしちゃ、説得力があるな、君の言葉は。17歳という話だったが・・・」

「そんなことより、佐伯さんを助けたいんです」
「佐伯を助ける?奴は今、情報部に監禁されているんだぞ」
不可能だ、と言う顔で、ヘルムートは首を振った。

「貴方の仲間は既に釈放されたんでしょう?だったら、佐伯さんを助けたって問題はないはずだ」
「そういう問題じゃない。君は独逸の情報部の恐ろしさを知らないのか?」
「知っているからこそ、助けたいんです。早くしないと・・・」
今、この瞬間にも、手錠につながれ、佐伯は拷問を受けているはずだ。
「諦めろ。俺は君の保護を引き受けたが、佐伯の救出は引き受けちゃいない。無理だ」

「だったら、居場所だけ探してください。それさえわかれば、あとは一人で何とかします」
「なんだと?」
ヘルムートは半信半疑で、僕を睨んだ。
「君一人の力で、一体何ができるというんだい?」

協力者をつくるには、まずは甘言を持って、相手を誘惑することだ。
かつて、結城さんに教わったこと。
あまり時間はない。

「手伝ってくれれば、代償を払います」
「代償?この時計よりいいものかい?」
ヘルムートは腕に時計を嵌めながら、尋ねた。
一瞬、切れ長の蒼い瞳が、キラリと煌いた。

「・・・今の僕は、自分しかありません。僕は、僕の身体で、貴方に報酬を支払います」

今ここで。







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