骨を砕く音がしたが、痛みは感じなかった。

目を開けると、僕の前に立ちふさがるように、佐伯の背中があった。
まさか。

「・・・左腕を盾にして、弾を防ぐとはね・・・だが、その左手はもうだめだろうな・・・」
ヘルムートの声。

「俺は将来義手になるんだそうだから、別に構わん」
佐伯の声は、普段と変わらなかった。
「将来義手になる?何の話だ・・・」
ヘルムートは銃を構えたまま、呆然としている。

「こっちの話だ。・・・大丈夫か?三好」
「ええ・・・僕は・・・それより、血が・・・」
佐伯の腕からは、おびただしい血が流れ落ちていた。

「俺の絨毯を汚すな」
ヘルムートは銃を持つ手を下ろした。

「勝手に手当てでもなんでもしろ。俺は出て行く」
ヘルムートは背中を向けると、部屋から出て行った。

「弾は貫通したようですね。壁に穴が開いている」
「不幸中の幸いだな。頼む」
佐伯が腕を差し出した。
僕は救急箱を開けた。

手当てが済むと、佐伯はソファに横になった。
「酔いが冷めたな。愉しい余興だった」
「冗談でしょう?」
「僕は帰国してD機関を立ち上げるのだろう?君も手伝ってくれ」
「僕がですか・・・」
意外な申し出だった。
だが、僕は僕と鉢合わせするのだろうか・・・?

「ですが、貴方の側に僕がいたら、歴史が狂ってしまう」
「狂うならとっくに狂っているさ。君は未来から来たんだろう?」
佐伯は言った。
「君が知っている22年分の歴史を僕に教えてくれ。これから何が起こり、戦争はどうなるのか・・・。僕が知りたいのは・・・いや、俺が知りたいのは、世界の動向だ」

「それを知ることは、不幸かもしれませんよ」
「不幸?」
「誰にも理解されず、孤独に苦しむことになるでしょう」
「俺はスパイだ。孤独には慣れているさ、それに」
佐伯は起き上がり、僕の手を取った。

「俺はこの手を離すつもりはない」

佐伯と僕の未来。
そこにはありとあらゆる困難と、苦しみが待っているのだろう。
だが、佐伯、いや結城さんがいる限り、僕にはそんなものはなんでもない。
結城さんの黒い翼が僕を包む・・・。

その真っ黒な孤独こそが、僕にとっては永遠の光なのだ。
それが、結城さんが僕にくれる、唯一の贈り物なのだから。

「結城さん。一緒に、日本に帰りましょう・・・」













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