「変な話を聞きましてね」

夜、テントの中で、鈴木が口を開いた。
「今度の椎名中尉の偵察機だが、どうも爆弾を積み込んだらしい。おかしいと思わないか?真島さん」
「爆弾?」
「それが尋常じゃない量の爆弾で、つまり、偵察というのは表向きで、本当の目的は恐らく、特攻じゃねえかと思うんだよ」

特攻。空母めがけて体当たりする戦闘機のことだ。
空母には打撃だが、勿論パイロットは生きては戻れない。

「だが、吉田中将も、畑中大尉も、なにもいってなかった」

「軍お決まりの秘密作戦なんだろうよ。俺たちの中にスパイがいると思われてるんだよ。本当のことは教えてはくれない」

秘密作戦。ありがちなことだ。戦闘に関わる機密は、たとえ同じ日本兵とはいえ、俺たちのような下っ端には伝えない。どこから機密が漏れるかわからないからだ。

「椎名中尉はどこだ」

「お偉いさんがたのテントだ。壮行会らしい。朝まで飲むだろう」
確かに変だ。
偵察機をだすために、いちいち壮行会を開くなんて聞いたこともない。
俺は焦りを感じた。


神永に会うチャンスはなく、翌日を迎えた。
全員が見守る中、神永の偵察機は砂浜を改造した滑走路に待機していた。
軽快にタラップを踏んで偵察機に乗り込んだ神永は、白手袋をした手でお決まりの敬礼をすると、にこりと微笑んで、飛び立った。
それはまるで、空に憧れる少年のような微笑だった。

「特攻なのは間違いないですぜ」
鈴木はなおも言った。
「最初から、帰りの燃料は積んでないんですよ。もっとも、積んでいたところで、あのボロ機体じゃ、途中で堕ちるのがオチで」
俺は、ものも言わずに鈴木の頬を殴り飛ばした。鈴木は、壊れた人形みたいに、後ろに吹っ飛んだ。俺は兵隊に取り囲まれて、取り押さえられた。


あとで、島のものから聞いた話だと、神永の偵察機は空母に突っ込む直前で、撃墜されたという。
神永のテントは綺麗に片付けられており、それが、覚悟の出陣であったことを物語っていた。遺品はただひとつ、俺がやった安物の腕時計だけだった。

これで、もう本当に、俺はなにもかもを失くした。
殺せ。俺を早く殺してくれ・・・誰でもいい、誰でもいいから・・・。

俺はほとんど眠らず、喰わず、狂人のようになりながら、ジャングルを彷徨った。
自分が脱走兵として、居場所などもうどこにもないことにも気づかずにいた。

神永・・・。どこだ、お前はどこにいるんだ・・・。





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