椎名は、俺たちを特に報告したりはしなかったらしく、翌日も、翌々日も、なんのお咎めもなかった。

「あいつ・・・チクらなかったな」
鈴木が、呟いた。
「ああ」
俺は別のことを考えている。

あれは神永だ。なぜ、認めないのかわからないが、神永に間違いない。
俺に怒っているのか・・・。
もしかしたら、何か誤解があって、神永は俺に捨てられたと思っているのかもしれない。
俺は仰向けに横たわりながら、短くなりすぎた煙草をふかしていた。


星空が綺麗だ。
波の音を聞いていると、遠い記憶が甦る。
イギリスで神永と一緒だった、ブライトンの浜辺。

星空を見上げていると、戦争が始まったことなど、遠い国の出来事としか思えない。
少なくとも、この国はまだ、平和だった。

「嵐の前の静けさ・・・か」

俺もイギリスに行くまで、外国などはたいしたことはないと踏んでいた。日本は強国で、一等国で、戦争は負け知らずだ。
だが、俺が見たロンドンは、そんな世間知らずの俺の自信を打ち砕いた。
世界のことなどなにもしらない、極東の島国。貧乏国。
それが、日本の現実だったのだ。

ドイツやイタリアも、もう敗戦は決まっているという噂だ。
日本だけが無傷で済むはずもない。
上官は、このパラオで鬼畜米英を打ち砕くと息巻いているが、戦力が違いすぎる。
ろくな武器も揃わないこの僻地で、列強の艦隊を迎え撃つ術などどこにもない。
負けは見えていた。

「ここにいたのか」
凛とした声がした。椎名だ。
あれほど冷たい態度だったのに、今日はどういう風のふきまわしか、近づいてきて隣に座った。
「煙草、あるか?」
俺は自分の吸っている煙草を差し出した。椎名はそれを銜えた。
「星空を見ていたのか?呑気だな。敵が来たらどうする」
「逃げますよ」
俺は言った。波音が高くなった。
「神永」
「貴様など、知らんよ」
椎名は呟いた。
「なぜ怒っているんだ?俺を捨てたのは君のほうだろう」
「俺が?」
椎名の目は一瞬怒りに燃えたようだった。

「俺は貴様など知らんし、神永という男でもない。勘違いするな」
椎名は煙草を俺に返すと、立ち上がった。
「二度とその名で呼ぶな」







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