パラオ。
青い海と白い砂浜が綺麗な、南の楽園。
だが、日本軍が進出して以来、パラオはものものしい雰囲気に包まれていた。

「おい、聞いたか」
誰かが言った。
「新しく上官が派遣されてきたらしい。なんでも、まだ若い男だそうだ」
上官であることと年齢はあまり関係がない。
二等兵の俺から見れば、すべて上官だ。

「運が悪いな、その男も」
俺は言った。
パラオは間もなく激戦地になる。おそらく、生きて日本に帰ることはないだろう。
「運が悪い?そうか。だがここはバナナもあるし、景色は綺麗だ。中国に比べたら天国だろう」
誰かが言った。
「すぐに本物の天国にいけるさ」
俺は嘯いた。

え・・・?
その上官を初めに見かけたとき、俺は眼を疑った。
神永・・・。
神永だ。間違いない。一体なぜ・・・。

「本日からこちらに配属になった椎名五郎中尉だ。よろしく頼む」
神永に似たその男は、そう言った。
椎名五郎・・・?
「椎名中尉。本土からいらしたばかりでお疲れでしょう。テントで休んでください」
将校のひとりが言った。
「ありがとう。蚊が多くて参ったよ」
椎名は笑いながら、将校と一緒に向こうへ歩いていった。

別人なのか・・・?
「おい、噂じゃあれは情報将校らしいぜ。つまり、俺たちをスパイするために派遣されてきたんだよ」
スパイ、という言葉に胸が高鳴った。
「スパイだと?」
「綺麗な顔して、えげつない奴だ。・・・一泡吹かせてやろうぜ」
男は下卑た笑いを浮かべた。

パラオに進駐している部隊は、俺も含めて野犬も同じだった。
ただ、食料を奪い、女を犯し、村を襲い、暴れまわる。
戦争という狂気を、誰よりも喜んだのは、俺たちではなかったか。
社会の最下層に沈み、うだつのあがらない俺たちにとって、初めて経験する圧倒的な暴力の支配。喧嘩や刃傷沙汰は日常茶飯事で、人が死んだところで誰も気にしない。そんな殺伐とした荒んだ空気が、パラオの部隊にはあった。

「おい、椎名中尉をやろう」
鈴木、というその男は、獣じみた瞳を光らせながら、俺を誘った。
「寝込みを襲って、奴の目的を聞き出すんだ」
俺がその誘いに乗ったのは、椎名が神永かどうかを確かめる為だ。

俺たちは、椎名の眠るテントの裏口から、そっと忍び込んだ。








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