ホテルの一室。
小田切を部屋に運んだ福本は、ベッドにどさりと小田切を投げ出すと、背広を脱いでハンガーに掛けた。
まったく、無防備すぎる。
ハイボールを何杯か飲んだだけで、小田切は他愛もなく正体をなくした。
もともとそんなに強くはない。
福本もいて、気が緩んだのだろう。
スパイには向かない・・・。
小田切は、自分たち化け物とは一線を画しているのだ。
あくまで、普通人。それが、彼の弱みでも、また強みでもあった。
普通であること。
小田切が、D機関を辞めて満州に渡ると聞いたときは、動揺した。
結城中佐がそれに気づき、
「どうした?」
と尋ねたくらいだ。
「もともと奴はウチには合わなかった。根が優しすぎるからな」
慰めるように、結城が言った。
ダブルベッドに横たわっている小田切の顔は赤い。
目を閉じると、意外なくらいに睫が長い。
陸軍あがりの鍛えられた身体は、鋼のように強靭で、しなやかだ。
神経質そうな長い指。
優しすぎ、真っ直ぐすぎる。
そんな性格は、生き残る為には不必要だ。
全てを欺き、生き残る覚悟がなければ・・・。
「満州に渡ったら、探したい、女がいる」
と、小田切は語った。
「女?そんなにいい女なのか」
「ああ・・・素敵な人だ」
はにかんだように笑った小田切は、少年のようだった。
福本は、寝ている小田切の手を取り、その中指に唇をつけた。
続いて、その唇を奪おうと、顔を寄せた時、
「・・・ちづねぇ・・・」
小田切は夢うつつで女の名前らしきものを呟いた。