ホテル<エスペランサ>の最上階ラウンジのバーで。
小田切と福本は並んでカウンターに腰を下ろしていた。


「悪いが、チェリーをダブルにしてくれ」
田崎によく似たバーテンダーにそう注文すると、小田切が、
「それ、なにかの暗号だと思っていたよ」
「暗号?まさか。チェリーが好きなだけさ」
と福本は答えた。

「あの件以来、首を突っ込まないようにしているんだが」
と小田切。
「波多野たちのことか」
「夜中によく声が聞こえるんだ。部屋、隣だからな」
「声?」
チェリーの二つ乗ったマンハッタンが滑るように現れた。
「声ってなんだ。色っぽい声か?」
「いや、違う。喧嘩しているような・・・うん、喧嘩だ」
「ガキだな。あいつら。なにやってるんだか」

「俺も関わらないと決めたから、放っておいている。おかげで、眠れない」
「耳栓すればいい」
と福本。
「それとも、気にしているのか?実井のことを」

「まさか。俺は・・・ガキには興味がない」
「実井はガキじゃない。幼くみせているだけだ」
「そっちの趣味はないよ。女装姿は・・・まぁ、可愛かったけど」
「可愛い、ねえ・・・」

<チェリーをダブルで。>
それは、ダブルの部屋をひとつ予約する為の暗号だった。
小田切はそれに気づいてないが・・・。

「行くのか?」
「ああ。週末には大連に発つ。・・・貴様には世話になったな」
「いや・・・」
寂しくなる、とは言わなかった。
黙ってマンハッタンを、口に含んだ。



inserted by FC2 system