「貴様はただ、宗像の代わりを僕に求めたんだろう?僕は気にしてない・・・もう、忘れよう。お互いのために」

そういったことを、僕はすぐに後悔した。
秋元が、はっとするほど憤怒の表情を、一瞬見せたからだ。
「忘れる?」
秋元は僕の胸倉を掴んだ。
「本気で言ってるのか、貴様」
「何で怒るんだ・・・?貴様にとっても、そのほうがいいだろう」
「お前は忘れたいんだな?」
念を押すように、秋元は唸った。
「俺がお前にしたことを・・・」
「苦しいよ、秋元」
秋元が僕を締め上げる。
そんなに暴力的な秋元をみるのは初めてだった。

いつも淡々として、クールで、感情を表に出さない。
だがそれは、ほんの表面の彼の皮なのかもしれなかった。
内側にはマグマのように熱い感情がひしめいている。
僕は秋元の事を、何も知らなかったのかもしれない。
いつも優しい、兄貴のような頼れる存在。
知らない間に、秋元もそんな自分の役割を演じていたのかもしれない。

ふっと呼吸が楽になった。秋元が手を離したのだ。僕はどさりとベッドにしりもちをついた。
「ほんと、どうかしてるよな」
自嘲気味に笑って、秋元は暗い目をした。
「お前にしてみれば、単に俺に寝込みを襲われただけなんだろうから、忘れたくて当たり前だ。正しいよ」
「あきもと」
「お前は瀬尾さんが好きなんだし、俺との事は黙ってればいい。・・・悪かったな。痛い思いさせて」
僕は目を見開いた。
この期に及んで、秋元は僕が瀬尾さんが好きだと思い込んでいる。

「あとで薬を届けるよ。それまで寝てろ」
秋元は部屋を出て行った。
秋元のそんな優しさは残酷だ。
嫌いになることさえ許さない。
優しさで僕を縛るんだ。優しさの牢獄に閉じ込める。
優しさに僕は溺れる。他愛なく溺れてしまう。

僕は仰向けに横たわった。死ぬ人みたいに両手を前に組んだ。
秋元は僕を抱いたんだ。もう、思い残すことはない。
涙が一筋頬を伝わって、シーツに堕ちた。






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