「瀬尾さん、僕を抱いてみる?」

冗談めかして言った言葉に、瀬尾さんは反応した。
柔和な顔がどんどんきつくなり、しまいには別人のようになった。

「中瀬さん」
「は、はい」
瀬尾さんの妙な迫力に押されて、僕は返事をした。
「今、どういう状況なのかわかって言ってるんですか」
「え・・・その・・・」
瀬尾さんの顔が怖い。
ただならぬ緊迫感と、切羽詰った感じが、顎の震えからも見て取れた。
「俺が今、どういう状況なのか・・・」
「我慢、してる・・・?」
「そうです。我慢してるんですよ」

言葉は相変わらず丁寧だが、僕の肩を掴む手は食い込んでくる。
全身で、自らの衝動と戦っている、という感じだ。
その様子があんまりにも苦しげなので、僕はやや同情した。男として。

「なのに、そんなことを言うんですね・・・中瀬さん。貴方という人は・・・」
「ご、ごめん。そんな、切羽詰ってるとは思わなくて・・・」

「中瀬さん。貴方が欲しいです」
瀬尾さんの手が僕の身体を揺さぶった。

その言葉が、あんまりにも切実で痛々しくて、僕の心を打ったので、僕は思わず何度も頷き返して、
「う、うん。わ、わかった・・・」
そう答えた。
「中瀬さん」
瀬尾さんは僕を抱き潰すようにして、両腕に力を込めた。

「貴方のことを考えると心臓が口から飛び出そうだ・・・」

瀬尾さんの激しい鼓動を聞きながら、僕は眩暈を感じた。

「貴方・・・貴方は、俺のことをどう思いますか・・・?」
耳元で囁く声に、なんと答えていいものかわからない。

僕は瀬尾さんを、どう思っているんだろう・・・。







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