出きる限りのテクニックを生かして、田崎を抱くと、俺は田崎を抱きしめたまま、眠った。

だが、目を覚ましたとき、田崎の姿はなかった。
俺はひとりで枕を抱いて、目を覚ました。
まるで、夕べのことは全て幻ででもあったかのごとく、田崎は何の痕跡も残さなかった。
ただ、俺の身体に鈍いだるさ、全力疾走で山登りでもしたかのようなだるさが残っただけだった。

起き上がると、頭が割れるように痛かった。
二日酔いだ。夕べ、水割りを飲みすぎた・・・。
口当たりのよい酒で、いくらでも呑めるのに、この仕打ち。
そんなところも、田崎みたいだ。


寮に帰ると、三好と田崎がふたりして出てくるところだった。
「お前・・・大丈夫なのか?」
思わず尋ねると、田崎はきょとんとして、
「なにが?神永はどこかに行ってたのか?」
と言った。

「あぁ・・・ちょっとな・・・」
「三好、先に行っててくれ」
田崎が言うと、三好はちょっと怪訝そうな顔をしたが、そのまま通り過ぎた。
「これから仕事なんだ」
「田崎、お前」
「夕べはなにもなかった。それでいいだろ?」

「・・・お前がそれでいいなら、俺はいいよ」
「良かった。今日は非番だろ?ゆっくり休めよ」
通り過ぎようとする田崎の肩を捕らえて、俺は言った。

「夕べのお前は可愛かったよ!」

「神永」
俺の口を押さえて、田崎は鋭い視線を三好に放ったが、既に遠くにいた三好は振り返らなかった。

「当分楽しめるな」
俺はわざとそういって、田崎を煽った。
田崎はしばらく無言で、俺を睨んでいたが、やがてゆっくりと息を吐いて、

「負けるよ」
そういって、ひらひらと手を振り、立ち去った。
その後姿を見ていると、なぜかひどく胸が痛んだ。

俺が抱いたものは、幻に過ぎない。
そう自分に言い聞かせた。
苦い水割りと同じで、あとは思い出に酔うだけ・・・。


短い命を燃やすように、蜩が一斉に鳴き始めた。
もうすぐ夏が終わる。
俺は口笛を吹きながら、寮の階段を駆け上っていった。






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