人を殺してしまった。

三好さんが、池に顔を入れて事切れているのを発見した時、僕は、僕の人生は終わったと思った。

結城中佐が軍部の偉い人だからなのか、三好さんの死は、ただの事故死として、ひそやかに葬られた。

「ご苦労だった」
事情を聞いた結城中佐は僕を責めることなく、その月の給料をくれた。


僕は急遽、住むところを探さねばならず、一階が蕎麦屋をしている、ぼろぼろの2階の下宿を見つけた。
そこに落ち着き、この一ヶ月を振り返ると、不思議な気分だった。

初めて会った時、三好さんは庭で、朝顔の蔓に水をやっていた。
17歳ということだが、童顔のせいで15くらいにしかみえない。
顔は女のように白くて、唇は赤い。
ちょっと吊り上がり気味の目が、妙に色っぽかった。
「君は?」
「城田です・・・お世話になります」
「ああ、結城さんの言っていた、僕の見張りか・・・」
三好さんはやや暗く虚ろな目で僕を見た。


いくら僕が鈍感でも、結城中佐と三好さんの関係が、ただの主人と従者ではないことにはすぐに気づいた。
結城中佐が帰る日は、三好さんは、たいてい午前様だったし、太陽が高くなってもいつも眠たげで、えもいわれぬような妖しい色気が漂っていた。
大きな家なのに、家事をする婆さんのひとりもいないのは不思議だったが、二人の関係を考えれば合点がいく。
秘密を外に漏らさないために、口の堅そうな僕が選ばれたのだろう。

僕は時々、こっそりと三好さんをスケッチしながら、もし、僕が誘われたならどうしよう、きっと断れないだろうな、などと不謹慎な妄想をしていた。
あるときなどは、いつの間に帰ったのか、結城中佐にスケッチを取り上げられて、中を見られてしまった。

「君は三好に惚れているのか?」
そんなことを尋ねられ、僕はびっくりして否定した。
「惚れているなんて、そんな、とんでもありません・・・」

僕は逃げるように庭を出て行ったが、いく宛てがあるわけではない。
しばらく近所をうろうろしたあとで、家に戻った。

「城田くん。丁度良かった。いま、近所の人に茄子をもらったんですよ」
「茄子ですか・・・好物です」
「良かった。ちょっと手伝ってください。なにしろ沢山あるので」

三好さんは、茄子を持っていても絵になる人だ。

君は、三好に惚れているのか?

なぜ、あんなことを言われたのだろう・・・。
僕はただ、スケッチをしていただけだ。
三好さんの姿を、紙の上に写したくて。
ただ、それだけ・・・。
それが、罪なのだろうか?







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