三好の異変に気づいたのは、半年くらい過ぎてからだった。

昼間に、用事があって家に戻ってみると、三好がじっと、庭の池を覗き込んでいた。
「なにをしているんだ?」
尋ねても、返事はない。

「三好?」
名前を呼ぶと、池を覗き込んだまま、
「僕・・・こんな顔をしていたかなぁ・・・?随分若いようだけど」
「どうした」
「・・・・・・あ、結城さん。おかえりなさい」
漸く気づいた、というように顔をあげて、子供みたいに笑った。

「ああ、書類を取りに来ただけだ」
仕事に忙殺されて、一週間ほど家を空けていた。
軍の宿舎に泊まり、三好のことは置き去りにしていた。
「そうなんですか?また、仕事に行かれるのですか・・・仕方ありませんね、仕事ですから」
三好は一人でぶつぶつと呟くと、再び水鏡に顔を映して、
「僕は何の役にも立てない・・・」
といった。

「そんなことはない」
背中から抱きしめると、三好の華奢な肩は、腕の中にすっぽりと納まった。
随分痩せたな・・・。
俺がいない間、食事をしていなかったのかもしれない。
そんな不安が過ぎった。

「軍服が似合いますね」
ふいに、三好が言った。
「そうか」
陸軍のチャコールグレーの軍服は、新しく誂えたものだった。
「結城さんは軍服は嫌いでしたよ・・・」
「なに?」
「貴方は、やっぱり、結城さんじゃないんだ・・・結城さんは、軍服なんか、着ないもの・・・」

三好はすすり泣き始めた。
随分感傷的だし、言ってることは支離滅裂だ。
この症状はどこかで・・・。

阿片か。
俺は背筋が寒くなった。







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