1918年。
水兵の反乱に端を発したドイツ革命により、帝政は崩壊、ドイツは降伏した。

ドイツの降伏を見届けることなく、革命のどさくさにまぎれて、佐伯と僕はドイツを脱出した。佐伯は宣教師に化け、僕はお付きの従者、といった役どころだった。
日本につくまで、生きた心地はしなかった。
船は、イタリアからインドを経由して、日本に向かった。

日本は、戦勝ムードに沸いていた。ヨーロッパの大戦のおりの、戦争特需で、経済は潤っていて、敗戦前のドイツとは比べるべくもない、好景気だった。

だが、撃たれた佐伯の左腕は回復することなく、壊死し、義手となった。
医者に見せることができれば、結果は違っていただろうが、指名手配の身では医者にかかることもできず、また、どのみち敵国人であることで、治療を拒まれただろう。

左腕とともに、佐伯は佐伯の名前を捨てて、結城を名乗るようになった。
だからこれからは、結城と呼ぶ。

「そんな顔をするな」
結城は言った。
「右手があれば、君を抱くことくらいできる」
「そんな心配をしてるんじゃありませんよ」
僕は赤くなった。
「じゃあ、なんだ?」
結城の顔が近くなった。

「結城さん、こんなことしてる場合じゃ・・・」
帰国して、結城は一軒の目立たない家を借りた。そこに落ち着いてからは、毎晩だ。
さすがに若いからなのか、それとも僕が若いからなのかわからないが、飽きることはないらしい。
おかげで、僕のほうの身体は半日は使い物にならない。
寝ていないので、なんだか無性に眠い・・・。
まるで、従者というよりは、囲われている妾のようだ。

結城のD機関設立は難航していた。
ただでさえ洋行帰りで煙たがられている上に、天保銭組ですらなく、陸軍中佐に抜擢された結城が、誰も見たことのないような組織を作ろうと画策していることは、上層部から見れば、嫉妬と憎悪の対象でしかないらしい。
狭い縄張り意識に囚われた陸軍の参謀本部で、結城の立場は微妙だった。

しまいには結城もやや投げやりになり、
「あの馬鹿どもに情報をくれてやったところで、うまく活用できるとは思えんな」
と、悔し紛れに言ってみたりした。

その悔しさをぶつけるかのように、僕を抱くのだから、たまらない。
僕の身体は悲鳴をあげた。
「結城さん、僕は・・・もう、無理です・・・あぁ・・・」
「まだだ・・・力を抜け・・・きつい」

結城は何度も僕を極限に追い詰めた。僕の意識はぐしゃぐしゃにかき回されて、僕は何度も結城さんの名前を叫びそうになり、その前に唇を塞がれた。

「自分の名前に嫉妬するのはおかしな話だ」
結城はぼやいた。
「だが、君の言う結城さんは、俺のことじゃない」

僕の肩に唇を這わせながら、結城は呟いた。

「気が狂う」











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