「腹が減りましたね」

喉が渇くほど抱き合った後で、唐突に真木が言った。
「何か作りますよ。寝ててください」

結城中佐が真木の若さを疎ましく感じるのはこんな時だ。
余韻というものがないのだ。情緒というべきか。
だが、真木は立ち上がり、白いシャツだけ羽織ると、作り付けの簡素なキッチンにたった。
「あぁそうか。チーズくらいしかなかった」
頭の上の戸棚を開けて、舌打ちをする。
しばらくぱたぱたと扉を開けて食料を探していたが、何も見つからなかった。

「思い切って外へ出ませんか?屋台でなにか食べましょう」
「外へか」

正直若くない彼は気が乗らなかったが、しぶしぶ支度を始める。
貴様にはやはり眠り薬が必要なようだ。
そんなことを考えている。

外は雪だ。
「だがもう店は閉まっているだろう」
「クリスマスマーケットが夜中までやってるはずですよ」

ベルリンのブランデンブルグ門の辺りに行ってみると、真夜中だというのに人の波が押し寄せていた。広場の中央に一本の大きなもみの木を挟んで、周りにお伽の国のような可愛らしい赤と白の縞模様の屋根の出店が立ち並ぶ。ブルストやホットワイン、クリスマスの飾りなどを売っている。メルヘンチックなお祭り風景だ。

「凄いですね、夜中なのに」
真木は人ごみに感心している。
「ここにいると、戦争なんて、どこかよその国の出来事の話みたいだ」
「皆忘れたいのさ」

血と硝煙にまみれた未来。
それを束の間でも忘れる為に、人は浮かれ騒ぐのだろう。
「僕、ホットワインを買ってきますよ、冷えてきた」

真木の背中は人ごみにまぎれた。








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