この物語は架空です。



「結城中佐は自分の部屋にあるものを隠しているらしい」

そんな噂が仲間内で広まった。

「そのあるものを見れば、結城中佐の秘められた過去が暴露される。
いわば、秘密の日記帳のようなものだ」
という者もいれば、
「それは中佐の出生にまつわる証拠写真、或いは思い出の品だ」
という者もいる。

確かに、部屋を覗けば、その人の性格から生活習慣、人間関係から性癖、趣味に至るまで、事細かにわかるはずだ。
おまけに部屋に隠しているという秘密のものが、噂どおりの写真及び日記帳、アルバムの類なら、どんなに取り繕ったところでその人生を隠しきれるものではない。

今のところ結城中佐に関する分かっていることといえば、その外観、
伸ばしたグレーの髪を綺麗に撫で付け、仕立てのよい背広を纏い、右手には白い皮手袋を嵌めた、英国紳士さながらの長身の年配の男。何故か片足を引きずっている。
本当か嘘か知らないが、いつも持ち歩いている杖には日本刀が仕込んであるという。
そして過酷な試験の際には、その整いすぎた容貌は、いっそう酷薄そうに見えるという、それだけだ。


僕は、深い考えがあったわけではない。
ただ単純に、習ったばかりの家宅侵入の知識を試したかったのと、持ち前の旺盛な好奇心と、あとは仲間内への度胸試しとして、結城の家宅侵入を企てたのだった。

奴が隠している秘密。それがなんなのか。それがつかめれば。
奴が僕らを使ってやろうとしていることの、意味も分かるだろう。
そんな風に思った。

家宅侵入といっても、奴の宿舎は学校の目と鼻の先だ。
見張りがいるわけでなし、夜は人気もなくなって静かなものだ。

「三好は町へ行かないのか?」
誰かがそう声をかけたが、笑いながら断った。
「悪い、腹が痛くて」
「腹が?大丈夫か?薬は?」
「飲んだから寝るよ。じゃあ」
軽く手を挙げると、
「お大事に」「貴様がいないとつまらん」
仲間たちは口々にそう言った。
いつもなら、皆でジゴロの観察をしに夜の街に繰り出す時間だ。
勿論息抜きも兼ねていて、僕らには数少ない娯楽のひとつになっている。
だが、そんな時間は今日はない。今日こそ決行の日なのだから。

僕はひそかに学校を抜け出すと、奴の宿舎に向かった。






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