俺はものも言わずに屋根裏に這い上がると、ニコライに向かって突進した。
ガッ。
拳骨でニコライの頬を張り飛ばした。

無抵抗のニコライは窓辺に転がり、しばらくして、上体を起こした。
「いてて・・・ひどいな」
「どれだけ・・・心配したと思ってるんだ!」
「・・・すまない・・・任務が終わらない以上、モスクワに帰るわけにもいかなかった。お前にスパイとばれた以上、ここに留まることも出来ず・・・隠れていた」
「・・・ジャックを殺したのはあんたなのか?」

「ああ。俺は偵察のためにあちこちに盗聴器を仕掛けている。奴がお前に何をしたのかも知っている・・・」
ニコライは立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。

「ニコライ」
ニコライは俺を抱きしめた。酷く力強い腕だった。

「ミーシャ。ここは駄目だ。ここではお前は駄目になってしまう・・・俺と一緒に行こう・・・」
「行くって・・・どこに行くんだよ」
「モスクワだ。俺が推薦してやる・・・お前は頭がいいからな・・・俺がここにいることも見抜いたし・・・そういう性格は、スパイに向いている」

スパイ・・・。
思えば、俺の好きだった人間は、皆スパイだ。
ニコライも・・・そして、あの小田切も。
俺はジャックの顔を思い浮かべた。
誰にも虐げられないほど強く、強くなれるなら・・・。


「いいよ。モスクワへ行く」
俺は言った。
「本当か?ミーシャ・・・お前・・・本気なのか・・・?」
「ああ。但しスパイなんかで終わるのはゴメンだ。あんたが大統領になった暁には、俺は大統領補佐官に任命してもらうからな!絶対だ!」
「わかった。約束する」
ニコライはぎゅっと俺を抱きしめる手に力を込めた。

「・・・今日は何の日だか覚えてるか?」
「え?」
「前に教えてくれたろ?お前の誕生日だ」
「あ・・・」
忘れていた。誕生日なんて。いつも一人で過ごしていたから。
「ハッピーバースディ。ミーシャ。13歳だな」
「ああ・・・」
13歳。それは、もう子供じゃないってことだ。
ニコライは俺の額に厳かなキスをした。まるで、お父さんみたいに・・・。


モスクワに戻ったニコライは、様々な政変を潜り抜けて、政治の中枢部へと食い込んでいく。その傍らにはプラチナブロンドに青い瞳の、美しい青年の姿があった。

ミーシャ。
長い白夜が明けようとしていた。




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